幕末年表

1854年(嘉永7年・安政元年)

月日 出来事・事物起源・話題
1月7日 露使プチャーチン、長崎に来港、通商を促し幕府の代表に拒絶される
1月10日 米国水師提督ペリー、軍艦7隻を率い、琉球那覇港を発して日本内地へ向う
1月16日 米国使節ペリー、再び浦賀に来航し、沿岸地方及び江戸の上下為めに騒然たり
2月25日 米国提督ペリーに迫られ幕府遂に下田・函館2港の開港条約を結ぶ
(但し翌年7月開期となすという条件を付す)
3月3日 日米和親条約調印
3月23日 ロシア使節、海軍中将プチャーチン軍艦3隻にて再び長崎へ来航す
3月28日 吉田松陰、金子重輔の両人海外密航を企てて成らず自首して幕吏に捕わる
4月5日 松蔭事件に連坐して佐久間象山捕わる
4月6日 佐久間象山、江戸伝馬町の揚屋入れられる(約半年の間、審問を受ける事になる)
4月6日 京都の大火(皇居炎上)
4月9日 井伊直弼、京都守護職となる
4月10日 西郷吉之助江戸にて藤田東湖と初対面、西郷の勤王熱これより愈々高まる
4月15日 吉田松陰、下田より江戸傳馬町の獄に送られる(9月18日罪案定まる)
4月16日 老中阿部正弘に皇居造営総奉行を命じられる(同月6日の皇居炎上の為)
4月21日 江川太郎左衛門、韮山に反射炉築造に着手(現在遺る同地の反射炉)
5月14日 幕府、韮山の代官江川太郎左衛門に下田港付近の警備を委任す
5月22日 幕府の応接使林大学頭、下田の了仙寺に於てペリーと会し条約付録に調印す
5月26日 浦賀にて新造船鳳凰丸の試運転
6月30日 幕府再び函館奉行を置く
7月15日 イギリス艦4隻、長崎に入港し、修好を求む
7月24日 徳川斉昭の幕政参画を許さる
閏7月4日 オランダのファビュス中佐、長崎奉行に対し日本海軍創設を勧告す
8月23日 日英和親仮条約調印(長崎、函館開港を約す)
9月17日 軍艦プチャーチン大阪に入る
9月29日 佐久間象山、揚屋より出で蟄居を命じられ郷里松代へ護送さる
10月22日 川路聖謨、露使会見の為下田着
11月4日 (逸話) 濱口梧陵、地震襲来(安政南海地震)と津波を予見し村を救う
11月16日 幕府、松代・庄内両藩に江戸品川台場の警衛を命ず
11月18日 幕府、大阪を中心とする沿海防備のため紀伊の加田、淡路の由良、岩屋、播磨の明石等に砲台設置を各藩に命ず
11月27日 安政と改元
12月12日 フランス船下谷来航、漂民を送る
12月21日 下田にて幕府代表筒井政憲、川路聖謨、露国のプチャーチンと和親条約締結
(下田、長崎、函館開港、樺太雑居を約す)
12月23日 海防の急に諸国寺院の梵鐘を鋳て鉄砲を造るべしと勅命あり
天皇 孝明天皇 (在位:弘化3年2月13日~慶応2年12月25日) 
将軍 徳川家定[13代] (在位:嘉永6年11月23日~安政5年8月8日) 
生活 この年
  • 幕府函館で綿羊試飼
 
 
その他
  • ペリー、幕府に伝信機、蒸気車の雛形を献ず(1月)
  • 日章旗を日本船舶の船印と定む
  • 盛岡藩士釜石鉄山を試掘
  • 鹿児島・福岡藩にガラス製造工場あり
  • 川本幸民の「遠西奇器述」、広瀬元恭の「理学提要」出づ