明治時代年表

1904年(明治37年)

月日 出来事・事物起源・話題
1月4日 最初の軍事参議官任命(陸軍大将野津道貫、黒木為楨、奥保鞏の3名)
1月13日小村寿太郎外相、ロシアに対し、最終提案を提示
1月23日第1回社会主義婦人講演会
1月28日時局財政につき懇談のため、首相官邸に銀行家を招待する
2月4日対露宣戦御前会議(元老、閣僚の御前会議にて、国交断絶の最終案を決定し、ロシア外相に通告)
2月5日連合艦隊に出撃命令
2月6日 連合艦隊、佐世保軍港出動
2月6日ロシア政府に国交断絶を通告
2月8日 日露国交断絶を各国に通告
2月8日臨時派遣軍(第12師団)仁川に上陸開始
2月8日連合艦隊、旅順のロシア艦隊攻撃(実戦に初めて無線電信を活用
2月9日 連合艦隊、第一次旅順攻撃
2月9日仁川沖海戦
2月10日 ロシアに宣戦布告(日露戦争開戦)、第1軍の編成決定、露国駐在公使栗野慎一郎ロシア引揚げ
2月10日岡倉天心・横山大観ら渡米する
2月11日宮中に大本営設置
2月13日 戦時第一回国庫債発行
2月14日 陸軍予備少尉堀部直人自殺
2月17日 歌劇「蝶々夫人」(プッチーニ作曲)、イタリアミラノのスカラ座で初演
2月17日 閣議、ロンドン市場での英貨公債募集の方針を決定
2月18日 東京市外電車、車内禁煙となる
2月19日 第一回の旅順閉塞隊を編成
2月21日 クロパトキン、満州軍総司令官に就任
2月21日 参謀本部、臨時軍用鉄道監部を編成(京城・新義州間鉄道建設にあたる)
2月21日 沖禎介、横川省三らの特別任務班、密かに北京を出発して北満に向う
2月23日 林権助、日韓議定書に調印(日韓国防同盟締結)
2月24日 日銀副総裁高橋是清、外国公債募集のためアメリカに向かう
2月24日 第一次旅順口閉塞作戦開始
2月25日 大坂府立図書館開館
2月28日 旅順口閉塞隊に勅語を賜う
3月1日 第9回総選挙
3月10日 大阪の文楽座人形浄瑠璃に初めて新劇を試み、日露戦争劇を脚色上演
3月13日 平民新聞社は社説にて「与露社会党書」を掲載
3月14日 第一軍主力二個師団、鎮南浦上陸
3月15日 第二軍の編成決定
3月21日 第一軍、全員鎮南浦に上陸
3月24日 幸徳秋水、「平民新聞」に「嗚呼増税!」
3月27日 第二次旅順閉塞作戦(広瀬武夫中佐戦死)
4月1日 非常特別税法、煙草専売法公布(実施は7月1日)
4月4日 日本軍、奉天省の義州を占領する
4月7日 兵庫県多紀郡岡野村今福に隕石落下(岡野隕石)
4月8日英仏協商成立
4月11日 沖禎介、横川省三の両士、北満李家地方においてロシア警備隊に捕らえられる
4月11日 盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)設立
4月20日 征露第二軍、広島を出発
4月21日 特別任務班沖禎介、横川省三、ハルピン郊外で銃殺に処せられる
4月25日 朝鮮新浦沖において運送船金州丸、ロシア艦隊に撃沈され、椎名大尉以下97名殉難
4月30日 第一軍、鴨緑江対岸のロシア兵を撃退しつつ、順次渡河(虎山その他の要所占領)
5月1日 第一軍、鴨緑江を渡河し、九連城占領 (鴨緑江の戦い)
5月5日 第二軍、遼東半島上陸開始
5月5日 帝国発明協会創立
5月6日 鳳凰城及び普蘭店占領、連合艦隊遼東半島を封鎖する
5月8日東京で市民戦捷会混乱、20人死亡
5月8日 小樽の大火(2481戸焼失)
5月12日第1回ポンド公債(1000ポンド)を英米で募集開始
5月19日 韓国政府、ロシアと国交断絶
5月19日 独立第10師団、大孤山に上陸
5月26日 第二軍、金州城占領(南山の戦い)
5月26日 乃木希典将軍、出征に向けて東京の自邸で送別の宴を催す
5月26日 旅順封鎖宣言
5月28日 第二軍、大連湾一帯を占領
5月30日 第二軍、大連を占領
5月31日大本営、旅順攻撃のため、第3軍の編成を決定(司令官乃木希典大将)
6月1日 第三軍司令官乃木希典将軍、広島を出発して征露の途に就く
6月4日 乃木第三軍司令官、塩大墺上陸
6月6日 陸軍中将乃木希典、児玉源太郎、海軍中将東郷平八郎の諸将、大将に昇進
6月7日 賽馬集、林家宅を占領
6月7日 乃木希典将軍、金州南山にて『山川草木』の詩を吟ず
6月8日 第一軍、岫巌を占領(岫巌の戦い)
6月12日 第一軍、懐仁県を占領
6月15日ウラジオストク艦隊、対馬海峡で常陸丸・和泉丸を撃沈、佐渡丸を砲撃
6月15日 第二軍、得利寺を占領(得利寺の戦い)
6月17日百三十銀行臨時休業、銀行界の混乱起こる
6月20日満州軍総司令部を編成(総司令官に大山巌、総参謀長に児玉源太郎、参謀総長に山県有朋元帥)
6月21日 遼東半島の能岳城を占領
6月25日芝浦製作所設立
6月26日 草河嶺、四道溝、剣山占領
6月27日 第一軍、分水領を占領
6月29日 第一軍、北分水領を占領
6月30日第四軍を編成
7月1日 煙草の官営実施(煙草専売法公布)
7月6日 満州軍総司令官大山巌、同参謀長児玉源太郎、東京を進発征途に就く
7月9日 第二軍、蓋平を占領(蓋平の戦い)
7月15日 芝公園に後藤象二郎伯の銅像成る
7月17日 第一軍、摩天嶺へ反撃のロシア軍を撃退(摩天嶺の戦い)
7月19日 第一軍、細河浴を占領
7月20日ウラジオ艦隊、津軽海峡を抜け太平洋岸で汽船など5隻を撃沈
7月21日 大石橋の激闘開始
7月23日 ロシアのウラジオ艦隊、九十九里浜沖に現る(翌24日、伊豆沖を通過)
7月25日 第二軍、大石橋、営口を占領
7月26日 旅順攻囲軍、前進を開始
7月28日 旅順攻囲軍、安子嶺を占領
7月30日 旅順攻囲軍、鳳凰山を占領
7月31日 第二軍、栃木城を占領
8月3日 第二軍、海城及び牛荘城を占領
8月8日 大狐山及び小狐山を占領
8月9日 旅順市街を砲撃
8月10日ロシア艦隊、旅順を出撃し黄海で連合艦隊と海戦、主力は旅順に敗走(黄海海戦)
8月12日 東郷平八郎司令長官に勅語を賜う
8月14日第2インター第6回大会(アムステルダム)、片山潜大会出席
8月14日第二艦隊、蔚山沖でウラジオストク艦隊と海戦(1隻を撃沈、2隻撃破)
8月16日 乃木希典、東郷平八郎の両将軍、敵将ステッセルへ勧降書を手交する
8月17日 ステッセル、勧降書を卻く
8月19日 第三軍、第一回旅順総攻撃
8月22日 旅順攻囲軍、盤龍山を占領
8月22日第一次日韓協約調印(日本、財政・外交の実権を掌握)
8月25日 遼陽の大攻撃開始(遼陽会戦)
8月27日 蘇馬台、椅子山等を占領
8月28日 右翼軍、鞍山站を占領
8月29日 日本印度通商条約調印成る
9月1日 旅順の坑道作業開始される
9月2日 首山堡を攻略
9月4日 第一、二、四軍、遼陽を占領(遼陽の会戦)
9月5日 日露戦役を記念した「郵便絵葉書」が売り出される
9月6日 総司令官大山巌に勅語を賜う
9月11日 煙台の石炭坑を占領
9月19日 第三軍、要塞前面の前進堡塁群への攻撃開始
9月20日 海鼠山全部を占領
9月20日 米国ライト機、旋回飛行に成功し出発地点に着陸(旋回飛行の最初の記録)
9月21日 日露両軍、二百三高地の激戦
9月24日 陸軍少将山本信行、旅順に戦死
9月26日 小泉八雲、逝く
9月29日 徴兵令を改正(後備兵5年制を延長して10年となす)
10月10日 第一・二・四軍、沙河の激戦開始(沙河会戦)
10月14日 沙河の激戦に勝利
10月15日バルチック艦隊、リバウ港出港
10月16日 満州軍総司令官大山巌に勅語を賜う
10月16日 鉢巻山の堡塁を占領
10月21日バルチック艦隊、英漁船を日本の駆逐艦と誤認して砲撃(ドッガー・バンク事件)
10月26日 第三軍、第二回旅順総攻撃を開始
10月27日 旅順総攻撃の右翼軍、歪頭山を占領
10月28日 第二軍、貔子窩を占領
10月30日 旅順総攻撃軍、松樹山、二龍山、東鶏冠山、北砲台、P砲台占領
10月31日 旅順の北砲台を占領
11月13日「平民新聞」、「共産党宣言」を訳載、発行禁止
11月14日 旅順攻撃に関し御前会議開かれる
11月16日社会主義協会に結社禁止命令
11月26日 第三軍、第三回旅順総攻撃を開始
11月26日 旅順攻略、「白襷隊」の決死攻撃
11月28日 第21回帝国議会開催(初めて衆議院の議員席を党派別に分ける)
11月30日 二百三高地の一角を占領(すぐに奪還される)
11月30日 乃木希典の次男保典少尉戦死
12月1日 米国ライト機に同乗者を搭載飛翔、操縦者以外の同乗者記録ここに始まる
12月5日 二百三高地を占領(旅順港内のロシア艦隊に砲撃開始)
12月14日仏駐日大使、日本に和平の打診
12月17日 ロシアの旅順艦隊全滅
12月18日 第三軍、東鶏冠山北砲台を占領
12月20日 東京に三越呉服店(三井呉服店改め)開業
12月28日 第三軍、遂に二龍山を占領
12月30日 連合艦隊司令長官東郷平八郎、第二艦隊司令長官上村彦之亟、東京に凱旋復命
12月31日 第三軍、松樹山砲台を占領
内閣総理大臣 桂太郎 (明治34年6月2日~明治39年1月7日)
生活 この年
  • 筒長の手袋の甲にガラス玉を飾ることが流行
  • 日露戦争中、神戸小学校にて女先生は袂つきものを廃し、筒袖を着るようにした
  • サイダーに王冠栓が用いられて、全国的に売れるようになった
出版
  • 「新楽劇論」(坪内逍遥)
地方 この年
北海道
  • 日露戦争に際して、函館要塞地域を臨戦地境とし、戒厳令を施行
  • 小樽の漁業家がサガレン漁業期成同盟会をつくり、樺太占領を請願
  • 北海道鉄道の函館・小樽間が全線開通する
東北
関東
中部
近畿
中国
四国
  • 四阪島の住友製錬所が竣工する(愛媛)
九州
  • 長崎・佐世保の要塞地帯と対馬沿岸を臨戦地域と定め、戒厳令を施行する

明治神宮外苑聖徳記念絵画館壁画

対露宣戦御前会議

吉田苞 筆

公爵 松方 奉納

1904年(明治37年)2月4日

宮中表御座所