明治時代年表

1905年(明治38年)

月日 出来事・事物起源・話題
1月1日 難攻不落の旅順陥落
1月2日 旅順開城調印成立(司令官乃木希典、ステッセルの開城提議に同意し、開城規約同附録に調印)
1月5日 乃木希典将軍、敵将ステッセルと旅順城外水師営において会見
1月7日 旅順にて受領のロシア捕虜32,207名(各地にて旅順開城大祝勝会)
1月10日 旅順要塞の授受全て完了
1月12日 鴨緑江軍の編成決定
1月13日 日本海軍、潜水艇を導入
1月13日 乃木希典率いる第三軍、旅順入城式
1月14日 乃木希典、水師営南方の丘陵上において招魂祭を行う
1月14日 第三軍の北方転進開始
1月18日 島村速雄少将、第二戦隊司令官に転出
1月22日 「血の日曜日」事件、ペテルブルグで起こる(第一次ロシア革命)
1月25日 黒溝台附近において激戦開始
1月29日 厳寒を衝いて激戦、遂に黒溝台を占領し、ロシアを渾河右岸に駆逐
1月29日 週刊「平民新聞」、廃刊、「直言」をもってこれに代える
2月3日 韓国政府、警視庁第一部長丸山重俊を刑務顧問に任用する契約に調印
2月5日 日本最初の乗合自動車、広島市に開業
2月5日 平民社「平民新聞」の後継紙として「直言」を創刊
2月6日 旅順に鎮守府開庁
2月11日 満州ダルニーを大連と改称
2月11日 森下南陽堂、仁丹を発売
2月16日 郵便貯金法公布、実用新案法公布
2月20日 日本軍、?子嶺を占領
2月24日 日本軍、清河城を占領
3月1日 日本軍、奉天総攻撃
3月2日 日本軍、周官堡を占領
3月7日 奉天会戦最大の激戦、李官堡の戦い(大越兼吉少佐の自決)
3月9日 満州軍総司令官大山巌に勅語賜る
3月9日 日本軍、撫順及び安州を占領
3月10日 奉天占領(陸軍記念日)
3月15日 満州軍軍司令官・大山巌、奉天に入城する
3月16日 鉄嶺を占領
3月16日 クロパトキン、総司令官を辞任
4月4日 早大野球部初の海外遠征
4月8日 閣議、韓国保護権確立を決定する
4月15日 漫画雑誌「東京パック」創刊
4月22日 日露戦争の戦没者28,999柱を靖国神社に合祀する
5月1日 平民社でメーデー茶話会
5月12日 小林、向後両烈士の殉難
5月25日 朝鮮京釜鉄道開通式
5月27日 日本海海戦に大勝(海軍記念日)
5月28日 日本海海戦にロシア艦隊全滅
5月28日 盛岡高等農林学校開校(現、岩手大学)
5月29日 バルチック艦隊全滅、敵将ロジェストウェンスキー提督以下降伏
5月31日 日本政府、高平駐米公使に「ルーズベルト大統領への調停要請」を訓令
6月1日 塩の専売制度実施される
6月1日 米大統領ルーズベルトに日露講和友誼的斡旋を希望
6月3日 米大統領ルーズベルト、駐米日本公使高平小五郎を招き日露講和勧告
6月3日 東郷平八郎、敵のロジェストウェンスキー提督を佐世保の海軍病院に見舞う
6月10日 外相小村寿太郎、米国大統領の日露講和提議に対して承諾の旨を回答する
6月10日 英外相、林公使に日英同盟対案を提示
6月18日 台湾の暴風雨に倒潰家屋約3600戸、半潰3500戸、流失船数十隻)
6月27日 ロシア艦隊ポチョムキン号で水兵の反乱おこる
6月30日 相対性理論の論文初めて発表される
7月1日 実用新案法実施される
7月7日 樺太派遣軍第十三師団、メシヤ付近に上陸して直ちに進撃を開始する
7月8日 講和全権小村寿太郎外相一行、横浜を出発
7月9日 桂・タフト覚書成立
7月24日 樺太アレキサンドロフスク占領
7月26日 奉天にて征露八将軍記念撮影
7月29日 韓国、フィリピン問題に関する桂、タフト覚書成立
7月30日 孫文、中国革命同盟会結成
7月31日 日露戦争、終結
8月1日 公園に初めて音楽堂を開設(日比谷公園)
8月10日 日露講和第一回会議、ポーツマスで開催
8月12日 第二次日英同盟調印
8月12日 ポーツマスに於ける日露講和談判、第二回会見
8月19日 ポーツマスの日露講和談判、ロシアの拒絶にて一時延期となる
8月20日 孫文ら、東京で中国革命同盟会を結成
8月23日 ポーツマスの日露講和談判、第八回にロシアの拒絶により将に決裂せんとす
8月24日 東京帝大教授戸水寛人、対露強硬意見により休職処分
8月25日 山路愛山ら「国家社会党」結成
8月28日 御前会議開かれる(日露講和談判の最後的譲歩条件をアメリカの小村全権に打電する)
9月1日 日露休戦議定書調印成る
9月1日 神戸製鋼所設立
9月3日 市民大会で日露講和条約破棄の決議
9月3日 潜水艇隊職員勤務令定める
9月5日 ポーツマスにて日露講和条約調印
9月5日 日比谷で講和反対国民大会開かれ、交番などを焼き打ち、東京に戒厳令
9月6日 日比谷焼打事件を鎮圧するため、東京市外に戒厳令布かる(11月29日解除)
9月11日 九州・朝鮮間、関釜連絡船開始(下関・釜山航路)
9月11日 佐世保停泊中の軍艦「三笠」の火薬庫爆発して、火災により沈没(死傷者337名)
9月13日 日露休戦協定調印
9月14日 大山総司令官、全軍に休戦命令
9月14日 奥羽線、福島・青森全通
10月9日 政府の弾圧厳しく、平民社ついに解散(「直言」廃刊)
10月16日 平和克復の詔勅を下す
10月16日 日露平和条約公布、日露講話全権委員帰朝復命
10月18日 東郷平八郎、伊勢神宮に戦捷奉告
10月20日 連合艦隊、横須賀に凱旋
10月22日 海軍大将司令長官東郷平八郎、海軍中将上村彦之丞ら、東京に凱旋参内復命
10月23日 モスクワ労働者武装蜂起
10月23日 東京湾上で、海軍凱旋式による大観艦式挙行(明治天皇、御召艦「浅間」に乗御)
10月24日 東郷平八郎大将以下の凱旋艦隊歓迎会(東京市民に依り上野公園に開催される)
10月26日 ペテルブルグで第1回労働者代表ソビエトの選挙
10月30日 ツァーリ、10月勅書で立憲政体をみとめる
10月31日 平和克復祝賀の為、各国公使参内
11月5日 朝鮮開城府に京義鉄道開通式
11月11日 ロシアの捕虜ロジェストウェンスキー提督以下約7万、帰国の途に就く
11月15日 石油共同販売所設立
11月17日 明治天皇、伊勢大神宮に戦捷奉告
11月17日 第二次日韓協約(韓国保護条約)調印
11月20日 中央報徳会設立
11月30日 第一軍司令官黒木為楨凱旋
12月2日 ロンドンの帝国公使館を大使館と改める(これより各国公使館を大使館に進める)
12月6日 普通選挙連合会結成
12月7日 満州軍総司令官大山巌元帥、同参謀長児玉源太郎大将、東京に凱旋
12月9日 第一軍司令官黒木為楨大将、東京に凱旋し直ちに参内復命す
12月12日 潜水艇隊条令公布される
12月17日 上野公園にて東京市民を挙げ満州軍総司令官大山巌元帥以下の凱旋大歓迎会
12月20日 韓国統監府を設置
12月20日 東郷平八郎、海軍軍令部長に任命
12月21日 伊藤博文を初代韓国統監に任命
12月21日 連合艦隊解散式(連合艦隊解散の辞)
12月21日 山県有朋を枢密院議長に親任
12月22日 満州に関し、日清間北京条約締結
12月22日 第22回帝国議会開院
12月23日 新政党大同倶楽部結成される
12月29日 乃木将軍の凱旋
12月31日 大山巌大将を参謀総長に親補
内閣総理大臣 桂太郎 (明治34年6月2日~明治39年1月7日)
生活 この年
  • 冠婚葬祭や他所ゆきに足袋をはくことが盛んになる
  • 日露戦争後、地下足袋の使用激増
  • 婦人の髪型、”二〇三高地”というのが流行
  • 指輪を嫁入り仕度の一つにしているところが各地にあった
  • 軍服カーキ色着用始まる
  • 元禄模様大流行
  • 人絹輸入増加して産業界にこの製造の機運高まる
  • 学生間に腕時計の流行始まる
  • 軍隊用雑ノウの使用が学生間に流行、学生カバン姿を消す
  • アンパンの駅売り始まる
  • 三ツ矢平野鉱泉株式会社が三菱のあとをうけて清涼飲料水を作る
  • 岡山市水道竣工
  • 神戸市水道竣工
  • 大阪ガス会社開業
  • 東京市中の富裕者の間に賃家を建てること流行
出版
  • 「あこがれ」(石川啄木)
  • 「巌窟王」(黒岩涙香)
  • 「破戒」(島崎藤村)
  • 「夏姫」(三木露風)
その他
  • 絵はがき流行
  • 猪方正規によるツツガムシ病源発見
地方 この年
北海道
東北
  • 宮城・福島・岩手3県が72年来の大凶作
  • 大湊が海軍要港となる(青森)
関東
  • 日比谷公園で屈辱講和反対国民大会が開かれる
中部
近畿
  • 神戸のデイリーニュース社で露字新聞を創刊
  • 大阪で講和反対・戦争継続の市民大会を開く
中国
  • 島根県美濃郡の沖にロシア軍艦が座礁し乗組員が上陸して降伏する
  • 新橋・下関間に直列列車を運転する(37時間)
四国
九州
  • 詩人野口寧斎が郷里の諫早町に諫早文庫をたてる(長崎)
  • 対馬沖で日本連合艦隊がバルチック艦隊を撃破

明治神宮外苑聖徳記念絵画館壁画

日露戦役旅順開城

荒井陸男 筆

関東府 奉納

1905年(明治38年)1月5日

関東州旅順口水師営

日露役奉天戦

鹿子木猛郎 筆

南満州鉄道株式会社 奉納

1905年(明治38年)3月15日

満州奉天城南大門

日露役日本海海戦

中村不折 筆

日本郵船株式会社 奉納

1905年(明治38年)5月27日

連合艦隊旗艦三笠

ポーツマス媾和談判

白瀧幾之助 筆

横浜正金銀行 奉納

1905年(明治38年)9月5日

米国ポーツマス海軍工廠

凱旋観艦式

東城錠太郎  筆

海軍省 奉納

1905年(明治38年)10月23日

横浜港ニテ御召艦浅間