Home > 1862年(文久2年) Archive

1862年(文久2年) Archive

寺田屋騒動

Social Bookmarks: このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Yahoo!ブックマークへ追加 add to del.icio.us Buzzurlへ追加 livedoorクリップへ追加 ニフティクリップへ追加

1862年(文久2年)4月23日、維新回天の史上に一場の悲劇を演じた京都伏見の寺田屋事件が起りました。

安政の大獄の後を受けて、各地から起ち上がった鬱勃たる勤王憂国の志士は、久留米の眞木和泉守を始め、土佐の吉村寅太郎、長州の久坂玄瑞等300余人が、踵を接して京都に集まってきました。

ここに薩摩の同志有馬新七の一行は、君側の姦たる関白九条忠尚と、所司代酒井忠義とを屠って、大謀を決行しようと協議一決、有馬新七、柴山愛次郎、橋口伝蔵、橋口壮介、弟子丸龍助、田中謙助、西田直五郎、森山新五左衛門等、寺田屋で勢揃いして、何れも夜討の武装を整え、夜陰を待ってこれから出かけようという所でした。

続きを読む

坂本龍馬の脱藩

Social Bookmarks: このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Yahoo!ブックマークへ追加 add to del.icio.us Buzzurlへ追加 livedoorクリップへ追加 ニフティクリップへ追加

坂本龍馬

土佐藩の勤王家坂本龍馬が、志を抱いて決然脱藩を企てたが1862年(文久2年)3月24日の事でした。

各藩の勤王愛国の同志と交わるに従い、天下の形勢愈々座視するに忍べなくなった龍馬は、いっそ藩を脱して自由な浪人となり、思うさま国事に奔走したいという願望に燃立ち、この日夕刻、飄然として家を出ます。

家の者には内緒としながらも、男優りの姉乙女だけには心事を打明けて暇乞をしたので、強いて止めようともせず、別れ際に肥前忠広の銘刀を餞としてくれたのでした。

続きを読む

島津久光、鹿児島を出発上京の途に上る

Social Bookmarks: このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Yahoo!ブックマークへ追加 add to del.icio.us Buzzurlへ追加 livedoorクリップへ追加 ニフティクリップへ追加

島津久光

薩摩の島津久光が、安政大獄の赦免運動や、幕政改革等の重大使命を負うて、鹿児島を出発上京の途に上ったのが、1862年(文久2年)3月16日の事でした。

これに従ったのが小松帯刀、中山尚之助、大久保一蔵(後の大久保利通)、有馬新七等、堂々一千余りの護衛でありました。

時に安政大獄の後を受けて勤王、佐幕の両党は暗々裡に対立して、天下の形勢は頓に険悪、そこで護衛隊長の有馬新七も、今度の上京ばかりは到底生きて還れまいと覚悟を定め、最愛の妻に離縁状を遺して発足したという逸話が残っています。

続きを読む

横井小楠の受難と転機

Social Bookmarks: このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Yahoo!ブックマークへ追加 add to del.icio.us Buzzurlへ追加 livedoorクリップへ追加 ニフティクリップへ追加

横井小楠
横井小楠

肥後藩の勤王家横井小楠(平四郎)が、江戸のお玉ヶ池で佐幕派に襲われ、九死に一生を得たのが、1862年(文久2年)12月19日の事でした。その頃の小楠は、公武合体派の急先鋒として活躍、松平春嶽公の信任も厚かった。

この日の五つ時というから今の午後8時頃、友人の都築、吉田の両人とお玉ヶ池で酒盃を交し彼等が江戸出立を惜しんでいた。そこへ不意に乱入した狼藉者数人が白刃を揮って斬ってかかった。

続きを読む

高杉晋作らの外国公使襲撃未遂事件

Social Bookmarks: このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Yahoo!ブックマークへ追加 add to del.icio.us Buzzurlへ追加 livedoorクリップへ追加 ニフティクリップへ追加

高杉晋作
「鼻輪を通さぬ離れ牛」と呼ばれた高杉晋作

1862年(文久2年)11月13日、神奈川に於て高杉晋作、志道聞多(後の井上馨)等の尊皇攘夷党の志士が、外国公使の襲撃を企てました。

この日、神奈川の下田屋旅館に勢揃いしたのは、高杉晋作、志道聞多の外に品川弥二郎、久坂玄瑞、山尾庸三、寺島忠三郎等といった血気盛んな同志ばかりで、○○国の公使が金沢へ遊覧に出かけるのを知って、その途中を襲いかかり、攘夷実行の旗挙げをしようと相談一決したのでした。

続きを読む

Index of all entries

Home > 1862年(文久2年) Archive

Twitter

坂の上の雲 on Twitter

坂の上の雲 on Twitter

Information
Books

「明治」という国家

Search
Photos
Tag Cloud
Recent Comments
  • くじら: 貴重な資料をゲットさ read more
  • mijeoung Park: とても貴重なしりょう read more
  • 匿名: ダンディ坂野だな read more
  • 黙魚: たのしく読ませていた read more
  • ジョウンベラ: 絵の中心にいる人物は read more
  • ジョウンベラ: 絵の中心にいる人物は read more
  • 紀州: ひさしぶりにおじゃま read more
  • 和田壽弘: 日本最初の博士の一人 read more
  • 匿名: 最後の行、”戦士”で read more
  • Yuki: タケオさんの写真が素 read more
Links
Feeds
Blog Parts

あわせて読みたいブログパーツ

Return to page top