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1866年(慶応2年) Archive

征長幕軍の敗退(第二次長州征伐)

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高杉晋作と坂本龍馬

高杉晋作坂本龍馬等が相協力して、幕府の征長軍に抗して、馬関海峡に火蓋を切ったのが、1866年(慶応2年)6月17日の事でした。

将軍徳川家茂自ら総大将で大阪へ陣を進め、各藩兵相呼応して幕府軍は、海に陸に四方から押し迫って来たが、高杉晋作奇兵隊を組織して、頑としてこれに抵抗したのでした。

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寺田屋騒動(坂本龍馬襲撃事件)

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坂本龍馬
坂本龍馬

薩長連合1866年(慶応2年)1月21日、目出度く成立しました。

その斡旋の大役を果たした坂本龍馬はすっかり朗らかな気持ちになり、京都の薩摩屋敷から、仮の宿と定めている伏見の寺田屋に帰って来たのは、1月23日の八つ時(今の午後10時頃)でした。

待ちかねていた長州藩の三吉慎蔵が

「この度の大役を果たされて目出度い目出度い」

と二階座敷で一献傾け始めます。

すると敏くもそれと知った伏見の町奉行、林肥後守配下の捕手多数が寺田屋を包囲したのでした。

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薩長連合の盟約成立

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中岡慎太郎
中岡慎太郎

1866年(慶應2年)1月21日、京都の小松帯刀の別邸で歴史的会見が遂げられます。

薩摩と長州両藩の勤王党の代表が、固い握手を交し、共に勤王討幕の大業に当ろうとした薩長連合の盟約が取交されたのでした。

事の起りは、土佐藩の勤王家中岡慎太郎がその前年の閏5月6日、薩摩に西郷吉之助を訪ねて、薩長両藩の連合を説いたのに始まります。

各藩個々の行きがかりの感情を打ち棄てて、この際国家の大事に励力すべきであるという、中岡の説には西郷も直ちに大賛成、しかし長州藩にその人と頼む高杉晋作や木戸準一郎(桂小五郎)などが、快く承知してくれるかどうか、それが心配だと言うと、

「いや、その事なら拙者が先方を説いて斡旋の労をとりましょう」

と話は調子よく進んだのでした。

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