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1873年(明治6年) Archive

明治天皇、率先して断髪する

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明治天皇
1873年(明治6年)の明治天皇(22歳)

1871年(明治4年)8月9日、庶民の旧習を改めて散髪を許すという布令が太政官より下されました。

地方民は勿論、東京の都人でも急に丁髷を切るのを嫌がって、長い間の伝統に恋々たるものがありました。この時に当り明治天皇は庶民に範を示す意味で、頭髪を切ったというのが1873年(明治6年)3月20日の事でした。

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富岡製糸場行啓

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富岡製糸場行啓
聖徳記念絵画館 壁画「富岡製糸場行啓」
荒井寛方  筆
大日本蚕糸会 奉納
1873年(明治6年)6月24日
群馬県富岡製糸場

1873年(明治6年)6月24日、皇后宮、英照皇太后宮が、群馬県富岡に行啓し製糸場に赴き、製糸工場及び機械室などを御覧になられた。

*先頭が英照皇太后、続いて皇后(昭憲皇太后)

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馬関海峡に海底電線敷設

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本州と九州との通信連絡のため、馬関海峡に海底電信布設の竣工が、「法規分類大全運輸門編」に依りますと、1873年(明治6年)3月17日と記されています。

下関の前田から、門司の雨ヶ窪の間に布設され、その長さ1.2キロ、深さ10~18メートルでした。この日目出度く海底電信布設の竣工を見たので、その付近の諸船舶に対し投錨を禁ずるという布令が発せられています。

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琉球藩の設置

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琉球藩設置
聖徳記念絵画館 壁画「琉球藩設置」
山田真山 筆
首里市 奉納
1873年(明治6年)3月3日
沖縄県那覇港

1873年(明治6年)3月3日、琉球王の使節尚健等一行を乗せた船が、那覇港に入りました。

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副島種臣全権大使、清国へ派遣

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副島種臣
副島種臣

1873年(明治6年)2月27日、外務卿副島種臣を特命全権大使として、大丞柳原前光、小丞平井希昌、鄭永寧等を副使として清国に派遣することを決めました。

1871年(明治4年)11月の琉球の民66名が台湾に漂流し、その中54名は生蕃の為に殺戮されたことを機に、国内では台湾征伐の声が高まり始め、と同時に明治初年以来、朝鮮の日本に対する態度が、頗る礼を欠いているものとして、先づ清国と朝鮮及び台湾との関係を確かめておく必要があるとしたのでした。

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孝子、病弱な父の身代りに入獄を願う

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1873年(明治6年)8月30日の「司法省日誌」(58号)に依りますと、虚弱な父に代わって入獄願を出したという親孝行者の記録が残っています。

この願書は今の三重県渡会郡が、度会県と呼ばれていた当時の県庁に提出されたもので、県庁では、

 「入牢中の者の身代わりを許す事もならず」

と認めませんでした。

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ドイツ皇帝博愛記念碑

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ハンブルグ出帆のドイツ商船ロベルトソン号が、1873年(明治6年)6月15日、沖縄県宮古島沖で台風に遭難、同17日夜半宮古島の宮国村東沖の暗礁に乗上げているのを、18日の朝発見されます。

そこで在番所の役人と通訳1名及び島民は、片片たる二艘の刳り舟を操り、激浪の中をロベルトソン号に漕ぎつけ、決死の作業を続けて漸く生存者8名を救助しました。遭難者のため、特に在番所を開放して寝食を与え、元気回復すると更に官船一艘を与えて福州(福建省)へ出帆させたのでした。

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日本最初の銀行創立へ(第一国立銀行)

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渋沢栄一

日本最初の銀行たる第一国立銀行の創立のため、東京の兜町に第一回株主総会が開かれたのが、1873年(明治6年)6月11日の事でした。

渋沢栄一の斡旋に依り、小野、三井の両資本家が円満協力して、初めて銀行事業を起そうという相談がまとまり、両家から100万円ずつの資金を出し、さらに一般から100万円の株を募ったのでした。

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万国博覧会に初めて日本参加する

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墺国博覧会
「墺国博覧会参同記要」より

日本が万国博覧会に参加したのは、1873年(明治6年)5月1日、オーストリアのウィーンで開かれた博覧会が最初でありました。

明治初年の多事な折柄なので出品は小規模ではありましたが、同博覧会出品事務局弁理公使として、佐野常民が渡欧し、日本館は大いに異彩を放ちます。

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軍艦による海外使節派遣の始まり(台湾問題)

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龍驤
軍艦「龍驤」(りゅうじょう)

台湾問題に就いて清国と談判のため、特命全権大使副島種臣軍艦「龍驤」(りゅうじょう)に搭乗し、横浜を出港したのが、1873年(明治6年)3月12日でした。これが軍艦による海外派遣の最初の事となります。

この軍艦「龍驤」は、1864年(慶應元年)熊本藩が英国に注文して1870年(明治3年)に竣工、後明治政府所有となった軍艦で、2,530トンという、当時としては、日本一の船であり、日本一の軍艦でした。

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岩倉使節団、ビスマルクと会見

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岩倉使節団
(写真左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視伊藤博文大久保利通

岩倉具視を始め、大久保利通伊藤博文木戸孝允、山口尚芳などの使節団一行が、欧米を巡察してベルリンに到着したのが、1873年(明治6年)3月9日、翌々11日にはウイルヘルム皇帝に謁見、鉄血宰相ビスマルクの招待を受け、大いに饗応に預かったのでした。

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閏年の話と陰暦の2月30日

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閏年は平年より1日多く2月が29日となります。

一年間の日数、すなわち地球が太陽の周りを一回転する時間を正しく調べると365.2422日となります。そこで1年間を365日とすると、毎年0.2422日の過剰が出てきて4年目には0.9688日となり、ほぼ1日分となるので、4年目毎に1日を加えて365日、すなわち2月が29日となるのです。

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切支丹(キリシタン)禁制の高札を撤去

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切支丹禁令の高札

1873年(明治6年)2月24日、明治新政府により、切支丹(キリシタン)禁制の高札が、初めて撤去されます。

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全職員のチョンマゲを切り洋服をきせた、井上馨の英断

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井上馨
井上馨

明治初年、官職が率先して全員の丁髷(ちょんまげ)を斬り洋服に改めたいという服制改革の先頭を切ったのは、大阪の造幣寮(現在の造幣局)であり、1873年(明治6年)2月9日の出来事でした。

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「金の鯱」と海底に眠る明治政府の遺産

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1873年(明治6年)、オーストリアで開催された皇帝ヨーゼフ一世の治世25年記念博覧会「ウィーン万国博覧会」に明治政府は政府としてはじめて出展します。

展示品
ウィーン万国博覧会で展示された品々

佐野常民大隈重信ら博覧会事務局が日本の紹介と輸出振興のため各地の特産品・工芸品や日本庭園を展示する一方、各国の展示品や博覧会自体の調査を行い、製造技術や制度としての博覧会の移入を図ることが目的でした。

日本の展示はヨーロッパでの「ジャポニズム」の流行を促したといいます。
特に、注目を集めたのが、

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篠原に習え、習志野原

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習志野之原演習行幸
聖徳記念絵画館 壁画「習志野之原演習行幸」
小山栄達  筆
侯爵 西郷従徳 奉納
明治6年4月30日
千葉県習志野之原

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徴兵令布告

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1873年(明治6年)1月10日、国民の義務兵役制の大綱を示した徴兵令が公布されました。

翔ぶが如く〈2〉日本は近代国家をかたちばかり成立させたとはいえ、この明治六年には軍備といえるほどのものを持っておらず、武といえば刀槍に長じた士族ばかりで、とうていロシアの南下を武威でもって断念させるような実力はなかった。このとしの一月十日、死んだ兵部大輔大村益次郎の方針だった徴兵令がようやく発足した。
「土百姓を集めて人形を作ろうとしている」
として桐野利秋ら薩摩系の近衛将校たちが猛反対したこの新制度の将来に山県は大きな期待をかけていた。征韓論どころのさわぎではなかった。

『翔ぶが如く』(秋の霜)より

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明治時代の祝祭日

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明治政府は、1873年(明治六年)に、元始祭・新年宴会・孝明天皇祭・紀元節・神武天皇祭・神嘗祭・天長節・新嘗祭の8日を祝祭日と定め、休暇とします。そして、明治11年に春季皇霊祭・秋季皇霊祭を定め、計10日を祝祭日と定めました。

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