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1877年(明治10年) Archive

第一回内国勧業博覧会開催

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内国勧業博覧会行幸啓
聖徳記念絵画館 壁画「内国勧業博覧会行幸啓」
結城素明 筆
侯爵 大久保利和 奉納
1877年(明治10年)8月21日
東京上野公園美術館

1877年(明治10年)8月21日、東京市上野公園に於て、第一回勧業博覧会が催されました。日本における博覧会の初めとなります。

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日本で初めて軽気球飛ぶ

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日本で初めて軽気球を飛揚した記録は、1877年(明治10年)5月23日で、折からの西南戦争に軍用に供するため先づ試験飛場として、東京築地の海軍省練兵所で揚げられています。

軽気球の研究家馬場新八が試乗し、約360mの高度に達しました。

更に第2回目には気球のみ飛ばして1,660mばかり飛揚し、最初の気球試験に大成功を収めています。この気球の大きさは長さ16.4m、幅9mでした。

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西郷隆盛、城山に自決

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西南の役
城山の周りの竹矢来と濠

西郷隆盛が私学党の義憤遣る方なく、遂に東上の義兵を進発して熊本城に衝突の火蓋を切り、1877年(明治10年)西南の役は勃発しました。

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大森貝塚の発見

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大森貝塚の記念碑

明治10年9月16日、今の東京品川区大森に於て、アメリカの科学者エドワード・S・モールスに依り貝塚が発見されました。

貝塚を考古学的に調査した日本最初の記録となります。

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熊本城の窮地を救ったもう一人の漢、古城貞(西南戦争)

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西南戦争で西郷軍に重囲を受けた熊本城の危急を救うため決死の使者となり、ついに大任を果たした谷村計介の殊勲を前回取り上げましたが、これに劣らないの忠勇の美談があります。

熊本県庁の吏員であった古城貞は、鹿児島の私学党西郷軍が襲来するとの報に、他の吏員と共に、熊本城内に立て篭もって、谷干城軍旗下の士卒と苦難を共にして軍事を援助しつつありましたが、包囲軍の攻勢が思いのほかに鋭く、討って出るどころか籠城戦さへ長くは保持し得まいという状態に陥りました。

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熊本城の窮地を救った漢、谷村計介(西南戦争)

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西南戦争中の1877年(明治10年)2月28日は、密使谷村計介が熊本城の危急を、本陣の野津鎮雄少将の告げるべく、その大役を果たしたという日です。

鹿児島の私学党軍3200の大軍に包囲された熊本城は、事の急を救援本隊に知らせるため、連隊谷干城は、決死の密使を命じます。

さて、その命懸けの密使を誰にさせようか?ということになり、人選の結果、一人の男が選ばれます。

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乃木希典、連隊旗を奪われる

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2月22日、乃木希典連隊が敗退した植木町付近

西南戦争において、官軍と薩摩の軍とが熊本県下に火蓋を切ったのが、1877年(明治10年)2月21日で、その翌22日には乃木希典にとって一代の悲憤ともいうべき連隊旗を敵に奪われるという事件が起ります。

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西南の役の発端

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西郷隆盛が私学党を率いて遂に官軍対抗の意を決したのが、1877年(明治10年)2月3日の事で、西南の役はここに端を発しました。

1873年(明治6年)10月、征韓論に敗れた西郷隆盛は板垣、後藤、副島、江藤らと共に連袂辞職して郷里鹿児島に帰り、私学校を設立して郷党子弟を教育、暇さえあれば愛犬を連れて悠々山野を駈けて狩猟に日を送っていました。

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熊本城攻囲戦

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西南役熊本籠城
聖徳記念絵画館 壁画「西南役熊本籠城」
近藤樵仙  筆
侯爵 細川譲立 奉納
明治10年2月
熊本県熊本城西花岡山

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西郷隆盛挙兵、西南戦争勃発

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昨日の2月14日は関東から九州までの各地方で「春一番」が吹きました。
ちょうど今から130年前の1877年(明治10年)2月15日は、南国鹿児島は60年ぶりの大雪だったといいます。

そして、その大雪の日、西郷隆盛軍は鹿児島を進発したのでした。

翔ぶが如く〈8〉雪夜が明けて、いよいよ二月十五日、各二千名の二大隊(一番、二番大隊)が、六インチ(十五センチ)積もった雪をふんで出発。
……終日ほとんど小止みなく雪が降っていた。
西郷は明後日、選り抜きの護衛五十名と一緒に、大砲十六門の砲兵隊を伴って征途につく由

『翔ぶが如く』(雷発“アーネスト・サトウの日記”)より

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学習院、開校

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1877年(明治10年)10月17日、東京神田町に学習院が開校します。明治天皇、皇后が臨席して開校式が催されました。

惟るに汝等能く旨を奉し此校を協立し開業の典を行う其志し嘉すへし嘗て仁孝帝京都に於いて学習院を建て諸臣をして就学せしむ 朕今先志を紹述し本校を名けて学習院と号す冀はくは汝等子女をして黽勉時習せしめ以 皇祖の前烈ヲ恢張せよ

『学習院開校式に臨御の節賜はりし勅語』

学習院は宮内大臣の直轄に属し、華族の師弟を教育し、国民の模範となる人物の育成することにありました。

なお乃木希典大将は10代目の院長となります。

  いさをある人を教への親として 生ふしたてなむ大和なでしこ

これは明治天皇が乃木大将を学習院の院長に命じ、華冑の子弟教育を命ぜられた時に賜った歌です。でも乃木大将は拝命を辞退したいと考え、友人に相談します。
しかし、友人より、
「怪しからん、恐れ多くも陛下が御命じになったのは、普通の教育をしろとの意味ではあるまい。華冑子弟の精神教育をしろと御命じになったのであろうぞ」
と言われ、それならばとついに決心いたします。
それではということになり、祝杯を挙げようと友人が葡萄酒を抜くと、乃木大将は、
「いかんいかん」
と言って、手を振って止めて、
「日本酒で」
と言いました。

日本人の精神教育にはやはり日本酒であるという乃木大将。
口先だけではない真の教育者です。

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