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1878年(明治11年) Archive

日本最初の電燈点火

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電灯

1878年(明治11年)3月25日、東京に中央電信局が開所式を挙げたのですが、その祝賀会式場に於て初めて電燈点火の実験が発表されました。

この実験には工部大学のエアートン教授が指導の任に当り、藤岡市助、中野初子の両氏が、会衆の前でグローブ電池を用い白熱孤光燈を点火して見せました。

電気燈の噂だけは知っておきながら、実際に目の当たりにしたのはその時が最初だったので、人々は思わず驚異の眼を瞠ったと言います。

日本初の本格リゾートホテル、富士屋ホテル開業

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富士屋ホテル
明治30年頃の富士屋ホテル

1878年(明治11年)7月15日、山口仙之助は500年近い歴史をもつ旅館藤屋を買収し、富士屋ホテルと改称、外国人専門の本格リゾートホテルとして営業を開始します。

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大久保利通、暗殺!(紀尾井坂の変)

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大久保利通
大久保利通

1878年(明治11年)5月14日、参議兼内務卿・大久保利通が参内の途中、紀尾井坂下で石川県士族島田一良ら6名に襲われ殺害されます。(紀尾井坂の変)

大久保利通は鹿児島藩士次右衛門の子として、1830年(天保元年)鹿児島に生れます。通称一蔵、または甲東と号し、西郷吉之助(西郷隆盛)とは竹馬の友であり、共に維新の大業に参画し、後に西郷、木戸孝允と共に明治維新の三傑と称せられました。

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株式取引所条例を制定

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東京株式取引所
東京株式取引所

1878年(明治11年)5月4日、株式取引所条例が制定され、東京・大阪・横浜の三地に取引所が設立されました。

1875年(明治8年)頃から公債及び株式の発行が増加し、株式取引所設立の必要が起こり始めます。既に1874年(明治7年)に最初の株式取引条例が制定されてはいましたが、これは実情に適さなかった為、新しい株式取引所条例が制定されたのでした。

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体操教育の始まり

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体操

1878年(明治11年)10月24日、文部省直轄として体操伝習所の設立を見たのが、日本における体操教育のスタートとなります。

それまでの日本の教育には武道はあっても体操というものはありませんでした。

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東郷平八郎、イギリス留学より帰国

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東郷平八郎
英国留学中の東郷平八郎

海の英雄東郷平八郎が、23歳でイギリスに留学してから、7年振りに日本へ帰国したのが、1878年(明治11年)5月22日の事でした。

見習士官としてイギリスに渡り、ポーツマスの湾内に浮ぶヴィクトリー号の傍に投錨している海軍士官学校の練習艦ウースター号に乗組み、海軍練習生として日夜課業に服し精励大いに努めたのでした。

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日本軍はじめての反乱事件、竹橋事件

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近衛砲兵暴発

1878年(明治11年)8月23日の夜、東京竹橋にある近衛砲兵大隊の兵士が中心となっ暴動が起きました。日本軍はじめての反乱事件でした。(竹橋事件

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山本権兵衛の誓約書

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山本権兵衛海軍兵学校の寄宿舎にいたとき、近くの品川青楼に新潟の漁村から売られてきたばかりの可憐な娘を、弟や同僚とと力をあわせ、脱出させたことがあります。

のちにこの娘は山本夫人登喜子となります。

1878年(明治11年)11月16日に二人は結婚しますが、山本はその4ヶ月前に婚約者に誓約書を書いています。

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気転の利かぬ野狐を、七分小玉で打ち上げた

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坂の上の雲〈5〉「乃木、ひげが白くなったな」
と、児玉が馬首越しにいったのは、この男らしくもない感傷的なことばであった。かれはこの西南戦争以来の戦友の痩せ方のひどさにおどろいたのである。
(――乃木のいくさべた)
と、むかし児玉は乃木をからかったことがある。

坂の上の雲』(二〇三高地)より

乃木希典と児玉源太郎1878年(明治11年)の頃、乃木希典歩兵第一連隊長の時、佐倉の歩兵第二連隊長の児玉源太郎習志野で対抗演習を行いました。

演習は敵味方の区別をするために、軍帽を白布で覆うのと覆わないのに分かれることになりました。この時、児玉軍が帽子に白布を覆うことになりました。そこで児玉は一計を案じ、見物に来ていた人に、男には鉢巻、女には頬被りをさせ、あちらこちらに散らばせました。乃木軍はそのおとりに目をくらませられ、その隙をついて、児玉軍は本物の部隊で乃木軍を攻撃し打ち負かしてしまいした。

結果、審判の総評は児玉軍は七分、乃木軍は三分という採点をつけました。この当時はそういった採点の仕方で、引き分けの場合はいわゆる五分五分という採点となります。

喜んだ児玉源太郎は、「気転の利かない野狐を、七分小玉で打ち上げた」という歌を作って、それに節をつけ、兵隊にうたわせながら、習志野を去っていつたといいます。

「気転の利かない野狐」とは「キテン(希典)の利かないノギ(乃木)ツネ」をもじっており、「七分小玉」とは七分勝ちで打ちのめしたという意味に、さらには一寸にも満たない小さなコダマ(児玉)、つまり身長の低い児玉が長身の乃木を打ち負かしたと皮肉っています。

日本の野球のはじまり - 平岡煕

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日本に野球の根をおろした功労者は、アメリカ帰りの鉄道技師平岡煕(ひろし)氏です。それ以前にもアメリカ帰りの留学生や在留アメリカ人のあいだで野球ははじまっていたが、平岡氏が帰朝後まもない1878年(明治11年)新橋鉄道局に奉職して局内にチームをつくってから急に盛んになりました。

学生の中にも平岡氏の指導をうけて学校に野球チームをつくり、対校戦も始めるようになりました。1884年(明治17年)には『戸外遊戯法』というのが出版されていますが、この頃は用語は英語で紹介されています。

後の1894年(明治27年)に中馬庚がベースボールを「野球」と訳すまでは、それまではひどい和製英語で野球を行っていたのでした。ちなみに、ピッチャーを「ピッチャル」、キャッチャーは「ケッチャル」とよんでいたようです。

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