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1884年(明治17年) Archive

日本最初のバザーが鹿鳴館で開かれる

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鹿鳴館
鹿鳴館

1884年(明治17年)6月12日、日本最初のバザーが東京日比谷の鹿鳴館で開かれました。

この日より3日間、鹿鳴館の壇上には約3,000点の手芸品その他を陳列して、喫茶室や食堂まで儲け、新聞広告で客を招くという具合に、その頃としては前例のない斬新な試みでありました。

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群馬事件起こる

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1884年(明治17年)5月13日、急進派自由党員が、群馬県甘楽周辺の負債農民を糾合し、政府転覆を企図した事件、群馬事件が起ります。

初めは高崎線開通式に参列する政府要人を暗殺する計画でしたが、開通式の延期で中止された為に、自由党の湯浅理兵、日比遜、井上桃之助らは、妙義山山麓の陣馬ヶ原にデフレ政策下で困窮した3,000人の農民を終結し警察、高利貸などの襲撃を説きます。

「昔し思えばアメリカの独立したるも蓆旗、ここらで血の雨降らせねば自由の土台が固まらぬ」
町村人民ことごとく竹槍を提げ、蓆旗を深山おろしに翻し、整然列をなして行進したという
『東陲民権史』より

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朝鮮の独立運動、甲申事変

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1884年(明治17年)12月4日の夜、朝鮮の京城で金玉均一党の独立運動派が、突如として王宮を襲い、いわゆる甲申事変が勃発しました。(明治17年が甲申の年に当ることからそう称されます。)

朝鮮にとって熱烈な憂国の志士金玉均は、清国が朝鮮を属国扱いにするのを憤慨し、是非とも清国のきはんを脱して、独立を確保したいと大願望を抱き、先づそのためには日本に頼るべきだと考えました。

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宇品港(広島港)の築港着手

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宇品港
日清戦争当時の宇品

宇品港、即ち今の広島港の築港工事を起こしたのが1884年(明治17年)9月5日の事でした。

時の県令千田貞暁が、県下の良港開削を計画して、土地の興行に資するためどんな大船でも出入出来るようにと、築港費18万円の予算を立てたのでした。

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横須賀造船所の開渠式

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横須賀造船所

海軍の造船工業に一転機を劃した横須賀造船所のドック竣工式が、1884年(明治17年)7月21日の事でした。

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「華族令」公布、公・侯・伯・子・男の五爵

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1884年(明治17年)7月7日、特権的貴族制度「華族令」が公布されました。

西南戦争後、明治政府の体制確立のため、旧華族(公卿、諸侯)制度を、西欧の制度を参考にして整備することが検討されました。

1881年(明治14年)国会開設が定まると、将来の上院の母体として華族制度の確立が必要になり、伊藤博文は宮中の制度化と並行して華族制度の制定に努め、井上毅の起草で1884年7月、華族に公爵侯爵伯爵・子爵・男爵の五爵を設け、門閥・勲功により爵位を授ける華族令を公布しました。

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宮中に制度取調局を設置、長官は伊藤博文

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1883年(明治16年)に実力のある右大臣岩倉具視が死去し、太政大臣三条実美、左大臣有栖川宮熾仁(たるひと)親王は指導力・意欲ともに欠けて十分な役割を果たさず、政治を実質的に担う参議たちは、天皇周辺の宮中勢力、さらには明治天皇その人にも振り回されていました。

このような状況のなか、ヨーロッパでの憲法調査から帰国した伊藤博文の提案により、1884年(明治17年)3月17日、宮中に制度取調局が設置されました。制度取調局は立憲政治の導入を前にして、諸制度の改革を目的とした政府機関となります。

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外国からつれてこい!

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1884年(明治17年)2月16日、陸軍卿大山巌川上操六桂太郎両大佐を従えて、欧州兵制視察のため横浜を出発しました。

日本陸軍はとにかく設置だけはきめたが、しかしその高等軍事学を教えるべきかんじんの教官がいなかった。
――外国からつれてこい。
ということになった。(中略)
――フランス陸軍にはもはやナポレオンの栄光は生きていない。むしろこれからはドイツ陸軍の戦術、編制こそ、世界の軍事界の先端をゆくことになるだろう。
という意見がつよくなりはじめており、むしろドイツ陸軍の参謀本部からよぶべきである、ということになった。
このため大山巌桂太郎がドイツに人さがしにゆくことになり、ベルリンに入り、時の陸軍大臣フォン・セレンドルフに依頼した。
坂の上の雲』(騎兵)より

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鎮守府条例

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1884年(明治17年)12月15日、東海鎮守府を横須賀に移し横須賀鎮守府と改称し、鎮守府条例を定め、軍港に鎮守府を置くこととします。

鎮守府とは海岸と近海の防衛などを担当する海軍官庁となります。各軍港におかれ、所轄海軍区の防御・警備・出師準備をつかさどり、司令長官は天皇に直属して部下の艦船部隊を統率します。海軍区は以下となります。

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メッケルを打ち負かした男、小川又次

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兵営百話明治陸軍は高等武官養成の為に1884年(明治17年)陸軍卿大山巌が渡独してドイツ士官の招聘を要請、モルトケ参謀総長の推薦により、ドイツからメッケル少佐を雇って参謀本部においた。その当時「今兼信」と呼ばれた小川又次中将も参謀本部出仕であった。

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モーゼル・ワイン

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本日は帰省の準備を行う。
おせち料理の手配も確認できたので、後はおせちに合うお酒を買いに行く。実家に戻ればお酒は準備されているので、とりわけ必要はないのだが、ただ自分の飲みたいお酒は自分で選ぶことにした。

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