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1888年(明治21年) Archive

乃木希典、ドイツ留学より帰朝す

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ドイツ留学中の乃木希典
ドイツ留学中の乃木希典(陸軍少将、40歳ごろ)

1888年(明治21年)6月10日、乃木希典が約1年半のドイツ留学を終え帰朝しました。

しかし、帰国してからというものは、昔の磊落な振る舞いが一転し、古武士の風格を尊ぶような謹厳そのものに変貌し、乃木を知る人々を驚かせます。

この事については、著書『肉弾』で有名な桜井忠温も、次のように語っています。

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東京天文台、麻布に新設される

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東京天文台
東京天文台

1888年(明治21年)6月1日、帝国大学の学生用観象台と海軍省観象台と内務省地理局が統合され、帝国大学付属として東京麻布飯倉に設立されました。

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麒麟(キリン)ビール発売

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麒麟ビールのラベル
麒麟ビールのラベル(上が発売当時のラベル、下が翌年のラベル)

1888年(明治21年)5月29日、麒麟(キリン)ビールが発売されました。

発売当時の価格は、以下となります。

1ガロン入60銭
ビン大ビン4ダース入8円50銭
 小ビン8ダース入10円50銭

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日本最初の博士号

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穂積陳重と矢田部良吉
博士号に選ばれた法学者・穂積陳重(右)と植物学者・矢田部良吉(左)
*写真は1887年(明治20年)4月に首相官邸で催された仮装舞踏会の時の写真

1888年(明治21年)5月7日、前年5月に制定された学位令の規定に依り、最初の「博士号」が授与されました。

学位は、初めは1879年(明治12年)に東京大学の学部卒業者を対象に「学位授与ノ規則」が制定され、学士称号を学位とみなしました。そして、1887年(明治20年)に博士学位制度が導入されます。

日本最初の博士号に選ばれたのは次の25名になります。

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枢密院を設置

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枢密院会議の図

1888年(明治21年)4月30日、大日本帝国憲法下の天皇の最高諮問機関である枢密院が設置されました。

枢密院は天皇の諮詢に応じて重要の国務を審議する最高顧問府で、これを組織する者を枢密顧問と呼びます。現行官制に依れば、枢密院は議長1人、副議長1人、枢密顧問官12人(後に増員)、書記官長1人、書記官3人を以て組織します。

初代枢密院議長には初代内閣総理大臣である伊藤博文が任命されます。
(なお、伊藤博文はこの日を以て内閣を辞職します。)

また、最初の枢密顧問官には、大木喬任、河村純義、福岡孝悌、佐々木高行、寺島宗則副島種臣佐野常民、東久世通禧、吉井友実、品川弥二郎、勝安芳、河野敏鎌の12名となります。

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四国初の鉄道、伊予鉄道松山・三津浜間開通(坊ちゃん列車)

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坊ちゃん列車

再び喀血した正岡子規は、静養のため故郷松山に帰郷します。

坂の上の雲〈1〉神戸から三津浜(松山郊外)までは、汽船を利用した。
三津浜桟橋につくと、ここでも汽車が待っている。三津浜と松山の一里半というみちのりを、この汽車はひと飛ばしで人をはこぶ。
この汽車は、去年の十月に開通した。ひところをおもうと、信じられぬほどの便利さであった。

坂の上の雲』(ほととぎす)より

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