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1893年(明治26年) Archive

福島安正、シベリアを単騎横断

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福島安正
福島安正

1893年(明治26年)6月29日、単騎シベリア大陸を横断していた福島安正陸軍中佐が熱烈歓迎の中、新橋駅に帰着しました。新橋停車場には大群衆が繰り出し、「満都狂するが如」きの歓迎を受けます。

中佐の汽車着するや、楽隊奏楽の声、嚠喨として起る、歓迎会員総代川村伯は直ちに、中佐の汽車に入込みて、挨拶をなし、九鬼委員先導にて、群集せし歓迎者の中を押分けつつ、停車場待合所壇上に登る。此の時、歓迎者は一斉に福島君万歳を唱えう。(中略)
此日かねて歓迎の為めに狂するが如くなりし有志者は言うに及ばず、此の絶大の偉業をなしたる、此の全国人士の歓迎を受くる、福島中佐其人の容貌風釆なりとも一見せばやと、四方より集まり来る老若男女は、其数果して幾千万なるを知らず
「東京朝日新聞記事」(6月30日の記事)より

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海軍軍令部条例公布

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中牟田倉之助
中牟田倉之助

1893年(明治26年)5月20日、海軍軍令部条例公布により海軍軍令部が東京の赤坂に発足しました。

それまでの海軍の軍令事項は1884年(明治17年)の海軍省軍事部以来、順次参謀本部海軍部・海軍参謀本部・海軍参謀部の機構で処理されていました。海軍軍令部は、陸軍の参謀本部に当るもので、海軍の国防用兵に関する事を掌ります。長官を軍令部長といい親補職で、天皇に直隷し、帷幄の機務に参し、軍令部の部務を統理し、戦時には大本営海軍幕僚長となります。

初代軍令部長は、中牟田倉之助となります。

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「君が代」など八曲、祝日大祭日儀式の楽曲に選定される

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1893年(明治26年)8月12日、文部省が学校の祝日大祭日儀式に用いる歌詞・楽譜を選定して公示します。

文部省告示第三号

小学校ニ於テ祝日大祭日ノ儀式ヲ行フノ際唱歌用ニ供スル歌詞並楽譜別冊ノ通撰定ス

文部大臣 井上毅

公示されたのは、「君が代」、「勅語奉答」、「一月一日」、「元始祭」、「紀元節」、「神嘗祭」、「天長節」、「新嘗祭」の八曲です。

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下瀬雅允発明の爆薬を「下瀬火薬」と命名

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1893年(明治26年)1月17日、下瀬雅允発明の爆薬を「下瀬火薬」と命名されました。

坂の上の雲〈4〉シモセ・パウダーといわれる下瀬火薬が発明されたのは、明治二十一年のことで、実験をかさねた結果、海軍が採用したのは、明治二十六年のことであった。が、翌年にはじまった日清戦争には使用されなかった。
日清戦争のときはすでに下瀬火薬ができあがっていたが、しかし機械のほうがまだ不完全だったので使えなかった。」

坂の上の雲』(黄塵)より

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秋山好古のピストル

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秋山好古は戦時でも軍刀を用いず、平時佩用する模造刀身の指揮刀を携行しました。そして、何よりも自決用のピストルをいつも首にぶら下げていました。

好古の本営は、廟であった。かれはテーブルの上にピストルと水筒をのせている。
ピストルのひもが長く、首にぶらさげてあった。敵が司令部までやってくればこれで自分を撃つためのもので、この男の覚悟というのは、そに日常と同様、簡単明瞭であった。
坂の上の雲』(会戦)より

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秋山真之の名刺

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1893年(明治30年)、秋山真之は米国留学を命ぜられます。真之は米国滞在中に世界的な海軍戦術の権威であるアルフレッド・セイヤー・マハンに講義を受けるべく面会を請います。

マハンは、この日の午後いっぱいを日本人に提供するためにその夫人とともに待っていた。その男がきた。
「リュート(大尉)アキヤマ、私はあなたの国を知っています」
と、マハンは握手のあと、そういってこの客の気持ちをなごませようとした。

坂の上の雲』(渡米)より

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大村益次郎と靖国神社

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靖国神社

靖国神社には幕末以来、戦場で散った日本人270万人の御霊が祀られています。

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名古屋城と名古屋鎮台

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本日は、名古屋城に行ってきました。

名古屋城

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