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1902年(明治35年) Archive

正岡子規、「病牀六尺」連載開始

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正岡子規
正岡子規

1902年(明治35年)5月5日、正岡子規は新聞「日本」紙上に、『病牀六尺』の連載を始めます。
そこには子規のユーモアと生の執着を見ることができます。

病牀六尺これが我世界である。しかも此六尺の病牀が余には廣過ぎるのである。僅かに手を延ばして畳に觸れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして體をくつろぐ事も出来ない。甚しい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も體の動けない事がある。苦痛、煩悶、號泣、麻痺剤、僅かに一條の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、其れでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限って居れど、其れさへ讀めないで苦しんで居る時も多いが、讀めば腹の立つ事、癪にさはる事、たまには何となく嬉しくて為に病苦を忘るる様な事が無いでもない。年が年中、しかも六年の間世間も知らず寝て居た病人の感じは先づこんなものですと前置きして
「病牀六尺」一(五月五日)より

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八甲田山雪中行軍の大惨事

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八甲田山入口 田茂木野村から青森の原隊に戻る遺体

青森の歩兵第五連隊第二大隊は、1902年(明治35年)1月23日、大隊長山口少佐に率いられて、東津軽郡田代に向って雪中行軍を決行しました。

然るに午後1時頃から俄かに風雪烈しくなり、行軍に悩みながらも、一同勇を鼓して前進を続け、その夜は猿沢の森に露営する事となり、丈余の雪を掘って火を焚き炊事に取りかかりました。

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日本最初の鉄骨建築は三井組本館である?

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日本最初の鉄骨造りの近代式建築となる三井組(現・三井住友銀行)本館が、東京市日本橋区駿河町に落成したのが、1902年(明治35年)11月3日の事でした。

ただし、『明治公業史』建築編に依りますと、日本橋の丸善書店及び丸ノ内の帝国劇場が、日本最初の鉄骨建築であると記されてはいますが、三井組本館の設計者工学博士横河民輔氏の記録では、それより9年或は10年も前に落成を見ており、三井組本館こそ日本最初の鉄骨建築として記憶すべきだとされています。

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川上音二郎夫妻、俳優として初めて勲章を授与される

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川上音二郎と貞奴夫妻
川上音二郎と貞奴夫妻

新派劇の開祖となる川上音二郎が一座を率いて欧米巡業中、フランス政府から日本の俳優として最初の勲章授与の栄誉に浴したのが1902年(明治35年)11月1日の事でした。

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青梅をかきはじめなり果物帖

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青梅

1902年(明治35年)6月27日に、正岡子規は画帳に青梅を写生します。

これが「果物帖」のはじまりとなります。

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ガスと電気の競争

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炊飯用ガス竈1902年(明治35年)2月25日、東京瓦斯会社が、ガス炊飯竈(かまど)の特許を取得しました。

東京瓦斯会社は1885年(明治18年)に創立し、創業当初の需要の中心であったガス灯を手がけていました。しかし、1879年にエジソンが電灯を発明したことにより、明治19年には東京電灯会社が開業します。東京電灯会社は明治20年に架空配線による電気の供給を開始することにより、ガスと電気の照明競争が始まります。

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日英同盟、条約締結の報告演説

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日英同盟
聖徳記念絵画館 壁画「日英同盟
山本鼎  筆
朝鮮銀行 奉納
明治35年2月12日
貴族院

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日英同盟、調印

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1902年(明治35年)1月30日、日本はロンドンで日英同盟を調印します。

坂の上の雲〈3〉さて、伊藤のことである。かれはロシアからベルリンにもどると、ロンドンの林にうながされて、英国へわたった。
ともあれ、この伊藤の行動が、伊藤自身にとっておもわぬ効果をあげたことは、これによって英国側は同盟内容について大きく譲歩し、同盟締結をいそいだことであった。
明治三十五年一月三十日、日英同盟は調印された。

坂の上の雲』(外交)より

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八甲田山“死の行軍”事件が発覚

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八甲田山 特別愛蔵版1902年(明治35年)1月27日、八甲田山“死の行軍”事件が発覚します。

第8師団の歩兵5連隊と第31連隊は八甲田山の雪中縦断を計画しました。ロシアとの戦いを想定し、陸奥湾が封鎖された場合、八甲田山を越えて青森―岩手の連絡がとれるかどうか、さらには満州原野での耐寒・踏雪の研究も合わせた演習でした。

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哲学館事件

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1902年(明治35年)12月13日、文部省が哲学館(現、東洋大学)卒業生への教員免許資格の認可を取り消しました。

理由は同館の講師中島徳蔵担当の倫理学の卒業試験問題で、「動機が善であれば弑虐(しいぎゃく)も認められる」と、臣下や子など目下の者が、主君や親などを殺すこともありうるかという問題が設定されていたためです。例えば、「臣下・明智光秀が主君・織田信長を殺すような事態を認めるか」という問いに対して、生徒は「あり得る」と答えたようなものです。

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日本赤十字社創立二十五年紀祝典

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赤十字社総会行啓
聖徳記念絵画館 壁画「赤十字社総会行啓」
湯浅一郎 筆
日本赤十字社 奉納
明治35年10月21日
東京上野公園

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子規逝くや十七日の月明に

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1902年(明治35年)の本日9月19日は正岡子規の命日。

この日、旧暦の十七夜にあたっていた。(中略)その板塀のあかるさのなかを、何物かが動いて流れてゆくような気が、一瞬した。子規居士の霊だと、虚子はおもった。霊がいま空中へあがりつつあるのであろう。
  子規逝くや十七日の月明に
と、虚子が口ずさんだのは、このときであった。即興だが、こしらえごとでなく、子規がその文学的生命をかけてやかましくいった写生を虚子はいまおこなったつもりだった。

坂の上の雲』(十七夜)より

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