第一次世界大戦を観戦した秋山真之の言葉です。
後に、太平洋戦争で登場する大型潜水艦及び大型爆撃機の猛威を予見した言葉です。
その中で、秋山真之と同郷でかつ同期に海軍兵学校へ入校した山路一善は、飛行機操縦法、海軍用飛行機の制式及びその他の航空術に関する事項を研究する委員会の長となり、「海軍航空の生みの親」と呼ばれるまでになります。第一次世界大戦では、ファルマン4機を搭載し、青島攻略戦に参加し、偵察爆撃に多大な功績を残します。
日本海海戦を経験した山本五十六は真珠湾攻撃でその特性を生かします。が、その一方で日露戦争を経験していない"新しい世代"はこの予見及び功績を生かそうとしませんでした。その理由に、日露戦争の経験者が、そのノウハウを"神業"または"聖域"としてしまい、新しい世代に正しく継承しなかったことにあったと言えます。
2007年は日本の高度経済成長を支えた"団塊の世代"の人たちが引退し、継承者不足が憂慮されています。その意味では今の日本は戦前と同様に「教える者」、「教わる者」の考えは何も変わっていないようです。
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