- 2006年4月14日 01:53
- 1878年(明治11年)
日本に野球の根をおろした功労者は、アメリカ帰りの鉄道技師平岡煕(ひろし)氏です。それ以前にもアメリカ帰りの留学生や在留アメリカ人のあいだで野球ははじまっていたが、平岡氏が帰朝後まもない1878年(明治11年)新橋鉄道局に奉職して局内にチームをつくってから急に盛んになりました。
学生の中にも平岡氏の指導をうけて学校に野球チームをつくり、対校戦も始めるようになりました。1884年(明治17年)には『戸外遊戯法』というのが出版されていますが、この頃は用語は英語で紹介されています。
後の1894年(明治27年)に中馬庚がベースボールを「野球」と訳すまでは、それまではひどい和製英語で野球を行っていたのでした。ちなみに、ピッチャーを「ピッチャル」、キャッチャーは「ケッチャル」とよんでいたようです。
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