- 2006年5月30日 23:36
- 東郷平八郎
6月21日のNHK「その時歴史が動いた」は、『虚像の戦い 薩英戦争(仮題)~英国外交官たちの駆け引き~』です。
1863年(文久3年)6月27日、生麦事件(横浜)の直談判のため、イギリスは7隻の軍艦で鹿児島湾に姿を現す。イギリスは計101門の砲口を鹿児島に向けて、次の二項目の要求書を示し、薩摩藩に回答を求めた。
一、イギリス士官立会いのもとで、犯人の裁判と刑の執行を行なうこと
一、死傷者への賠償金として、25,000ポンド(10万ドル)を支払うこと
しかし、薩摩藩からは殺害者は未発見などと満足のいく回答が示されなかったことから、7月2日ついに戦闘が開始された。奇しくも、15歳の東郷平八郎は父子4人そろって出陣する。しかし、イギリスとの力の差をまざまざと見せつけられた時、東郷平八郎はじっと海上をにらみ、「海から来る敵は海にて防ぐべし」と発し、この時はっきりと海軍への道を志す。
ちなみに、本日5月30日は東郷平八郎元帥の命日(昭和2年)であります。
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