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墓が立派になっていい

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日露戦争開戦前の1898年(明治31年)に児玉源太郎は台湾総督に任命されます。そして、1900年には台湾総督のまま陸軍大臣を兼任。そして1903年には内務大臣を兼任します。しかしこれだけの重任にもかかわらず、さらに文部大臣までも兼任しました。

その余りの任務の重大なのを心痛した友人は、源太郎に忠告します。

すると源太郎曰く、

「なあに、今死ねば肩書きが多いから墓が立派になっていいよ」

と、一笑したといいます。

しかし、その年の10月参謀本部長の田村怡与造が急死します。田村の後任として次長の適任者がいなかったため、源太郎に白羽の矢が立てられました。

ただ源太郎が参謀本部次長に就任するには現在の内務大臣を当然辞任してもらわなければなりません。それも親任官である内務大臣から勅任官である次長への転出はあきらかに降格となってしまいます。この人事を周りは危惧し、果たして源太郎が承諾していただけるかどうか...

ところが源太郎は、

「ああ、いいよ」

と、皆の心配をよそにあっさりと次長就任を承諾します。

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