- 2006年8月22日 01:19
- 1907年(明治40年) | 乃木希典
日露戦争後の1907年(明治40年)、乃木希典大将は華族学校である学習院長となります。初めての出仕の日、紅顔の生徒を引見して乃木大将は潸然とします。
嘆じて曰く、
藩屏徒に美にして脆きこと瓦の如く、父祖は国に殉じ子孫は修飾に耽る、殷鑑遠きに非ず、咄何者の子弟か、髪を伸べ香水を塗って婦女子の頻に倣う『名士奇聞録』(明治44年刊)より
乃木大将は万校の生徒を喝して、そしてことごとく頭を五分刈りにしていったといいます。
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