- 2006年9月 8日 23:59
- 秋山好古
日露戦争の勝因については多々ございますが、1903年(明治36年)に小笠原長生がロシアの艦長と対面した時に、艦長室にきれいな女の写真が飾ってあったので、艦長に向かって、
「大変これは美人ですね」
といったところ、ロシア艦長は非常に得意になって、
「それは私の妻と娘だ」
といった。
「こういう連中は一日も早く自分の帰ることを首を長くして待っている。だから戦争などということはおれは嫌いだ。今の海軍の戦争というものは残酷なもので、弾が一つ飛んでくると足が飛んだり腕が飛んだりしてしまう。もしそんなことがあって自分が怪我でもしたならばこの婦人どもは非常に歎くものだから、絶対に戦いなんかしたくはないね。」
ロシア人は毎日毎日手紙をやりとりして、妻のために戦いができないというような気分であったといいます。実は偵察も兼ねていた小笠原長生はこの時ロシアの士気の弱さを見抜いたといいます。
ところで日本はというと、
第二回万国平和会議(明治40年)の時に森山慶三郎が秋山好古に何かの話から
「秋山さんは出征中、奥さんに手紙をやったことがありますか」
ときいたところ、
「いや俺は一年半のあいだ一本もやらぬ」
と答えたといいます。
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