- 2006年9月24日 02:56
- 秋山真之
秋山真之曰く、
大抵の人は、妻子を持つと共に片足を棺おけに衝込みて半死し、進取の気象衰へ退歩を治む。秋山真之「天剣漫録」より
結婚して家庭をもつと、男子の志を弱らせるものだという信念をもっていました。
これは、平素より兄・好古から、
若い者の敵は家庭である。家庭をもてば研究心が衰える。
どうしても女房をもたなくてはならぬのなら、できるだけゆっくりもらえ。
と、口癖のように言われていたことに真之自身も納得していたことに因ります。
ところが、秋山真之が31歳の頃、にわかに縁談の話が持ち上がります。
縁談のお相手は、山本権兵衛海軍大臣の18歳になる二番目の娘でした。山本権兵衛といえば、以前記しました「広瀬武夫、友人財部彪の結婚を反対する」で、一番目の娘を財部彪に娶らせ婿養子とします。
エリートを好む山本権兵衛ゆえに、15期首席の財部彪同様に17期首席の秋山真之にも白羽の矢を立てたのも当然かもしれません。
秋山真之は山本権兵衛の藩閥の権勢をうしろにひかえた面構えが気に入らず、権門の婿でございと、虎の皮をかぶっている狐にだけはなりたくないという理由もあり、この縁談を断りました。
しかし、この縁談はこれで終らず、同郷かつ同期(成績3位)の山路一善に話がおよびます。山路はこの縁談を受けて山本権兵衛の婿養子となります。
この縁談に対して、秋山真之は、
よりによって同じ郷里の、同じクラスの、ふだんから競争相手きどりで、ワシには反感ばかりもっている男を急に婿にした。なまじっか同藩などというのが、かえっていけない。ひともあろうに、よりによってあの男を婿のあとがまに据えたのは、底意が知れない島田謹二著『アメリカにおける秋山真之』より
と、語っています。
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