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救国の英雄が国賊に

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ニコライ二世

写真は1891年(明治24年)、シベリア鉄道の起工式に出席途中、日本を訪問したロシア皇太子ニコライが長崎に到着後、お忍びで上陸した際に撮影した写真です。

坂の上の雲〈2〉その帰路、大津を通過したとき、沿道を警備中の巡査津田三蔵が突如、そのもちばをはなれ皇太子の人力車に駆けより、抜刀して二度にわたって斬りつけた。(中略)
皇太子のこめかみに一刀あびさせ、さらにのがれようとするところを、後頭部へ一刀あびせた。(中略)
三蔵は、ギリシアの王子の竹鞭ではげしくたたかれ、行動をはばまれた。つづいて二人の日本人車夫が津田に組みつき、その剣をうばい、これをとりおさえた。

坂の上の雲』(列強)より

この二人の車夫の名前は北賀市市太郎と向畑治三郎といいます。
この国難を救った救国の英雄に、日本政府は勲章と終身年金36円を与え、一方ロシア側は恩賜金2500円と終身年金1000円を二人に贈りました。あまりの大金なので、このお金は役所で管理したといいます。

しかし、いざ日露戦争が始まると、
 「お前がニコライを助けなかったら、この戦争はおきなかったろう」
 「お前のために亭主は戦死した。亭主を返せ」
と、ののしられ国賊扱いをうけます。

果たして二人の年金も支払われなかったのではないかと思います。

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