- 2006年10月16日 22:45
- 1903年(明治36年)
アレクセーエフといえば、日露戦争時の極東陸海軍総司令官で、満州からの撤兵という日本の要求を拒否して日露交渉決裂の一因をつくります。日露戦争では旅順攻防の際の拙劣な軍事指導などを批判され、沙河会戦後に軍事的任務を外されます。
そのアレクセーエフという名前をここ数日よく耳にします。それは、北朝鮮の核問題をめぐる6か国協議でロシアの首席代表を務めるアレクサンドル・アレクセーエフ外務次官です。
それにしてもアレクサンドル・アレクセーエフとはなんとも因縁深い名前でしょうか。
なぜかというと、先のアレクセーエフはアレクサンドル二世の妾腹の子でしたから...
それともこの外務次官はアレクセーエフ家と縁のある方なのでしょうか。
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