- 2006年10月17日 02:17
- 1877年(明治10年) | 乃木希典
1877年(明治10年)10月17日、東京神田町に学習院が開校します。明治天皇、皇后が臨席して開校式が催されました。
惟るに汝等能く旨を奉し此校を協立し開業の典を行う其志し嘉すへし嘗て仁孝帝京都に於いて学習院を建て諸臣をして就学せしむ 朕今先志を紹述し本校を名けて学習院と号す冀はくは汝等子女をして黽勉時習せしめ以 皇祖の前烈ヲ恢張せよ『学習院開校式に臨御の節賜はりし勅語』
学習院は宮内大臣の直轄に属し、華族の師弟を教育し、国民の模範となる人物の育成することにありました。
なお乃木希典大将は10代目の院長となります。
いさをある人を教への親として 生ふしたてなむ大和なでしこ
これは明治天皇が乃木大将を学習院の院長に命じ、華冑の子弟教育を命ぜられた時に賜った歌です。でも乃木大将は拝命を辞退したいと考え、友人に相談します。
しかし、友人より、
「怪しからん、恐れ多くも陛下が御命じになったのは、普通の教育をしろとの意味ではあるまい。華冑子弟の精神教育をしろと御命じになったのであろうぞ」
と言われ、それならばとついに決心いたします。
それではということになり、祝杯を挙げようと友人が葡萄酒を抜くと、乃木大将は、
「いかんいかん」
と言って、手を振って止めて、
「日本酒で」
と言いました。
日本人の精神教育にはやはり日本酒であるという乃木大将。
口先だけではない真の教育者です。
- Newer: 畝傍(うねび)、殉難
- Older: アレクセーエフ再び?



