- 2006年10月24日 00:09
- 1886年(明治19年)

1886年(明治19年)10月24日、横浜から神戸へ向かうイギリス貨物船ノルマントン号が熊野灘で難破し翌日沈没。西洋人船員らはボートで脱出しますが、日本人乗客25人は全員水死します。
この事件の背景には、1858年(安政5年)に幕府が諸外国と締結した「安政五ヶ国条約」にあり、典型的な不平等条約であった「領事裁判権」(治外法権)にありました。いわゆる外国人の犯罪は、その国の領事しか裁くことができません。この「領事裁判権」の保護のもと、ノルマントン号の船長たちは日本人乗客を見殺しにしたのではないかという疑惑が起こります。そして11月5日、イギリス神戸領事の海難審判は船長ドレイクに無罪を判決を下します。
この判決に国民は激高し、たまりかねた政府は兵庫県知事内海忠勝に船長を殺人罪で告発させ、12月8日横浜領事による刑事裁判は船長を有罪、禁錮3ヶ月に処しました。(賠償はなし)
この事件に内外人の義捐金が寄せられ、脚色上演の動きがあるなど、井上馨外相の条約改正交渉中に「領事裁判権」撤廃の世論をよびおこしました。
Comments:1
- 中学生 2007年9月 1日 01:56
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