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「君が代」が完成

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坂の上の雲〈6〉三笠の乗組を構成しているなかで、軍楽隊というグループがある。(中略)
航海中、軍楽隊としての日常的な任務が毎日二度あった。軍艦旗が午前八時にあげられ、日没時におろされる。そのつど軍楽隊は「君が代」を演奏するのである。あとは水兵と一緒に甲板をかけまわって訓練をうけた。

坂の上の雲』(鎮海湾)より

君が代」は英国人フェントンが、国歌の必要を説き、薩摩琵琶歌『蓬莱山』中の歌詞から採用し作曲を試みたが、海軍は天皇を祝うに相応しい楽曲でないとして不適切としました。

1880年(明治13年)10月25日、海軍省から「君が代」作曲の委嘱を受けていた宮内省は、雅楽課の林広守の旋律を採用、これにドイツ人音楽教師エッケルトが和声を付し編曲して、海軍省軍学稽古場で初めて試演されました。

それから後、1885年に制定し「陸海軍喇叭(ラッパ)吹奏歌」の第一号として定められ、88年には吹奏楽譜が海軍省から諸外国へ「大日本礼式」として送付されました。
文部省でも1893年8月、小学校の祝日大祭日唱歌の一つとして告示します。そして1890年代には「君が代」を国歌とみなす主張が現れ、日中戦争の始まる昭和初期には国歌と同一視されるようになりました。

さざれ石めでたやな、君が恵みは久方の、光り長閑き春の日に、不老門を立出で、四方の景色を詠むれば、峰の小松に雛鶴棲みて、谷の小川に亀遊ぶ、
君が代は、千代に八千代にさざれ石の、巌となりて苔のむすまで、命長らへて、雨塊を破らず、風枝を鳴らさじと、いへばまた、尭舜の御代も斯あらむ、かほと治まる御代なれば、千草萬木花咲実のり、五穀は國にみちみちて上には金殿桜閣甍をならべ、下には民の竈賑ひて賑ひて、仁義正しき御代の春、蓬莱山とは是とかや、君が代の、千とせの松も常盤色、かはらぬ御代のためしには、天長地久と、国も豊に治まりて、弓は袋に、剣は箱に蔵め置く、諌鼓苔深ふして、鳥もなかなか驚くやうぞ無かりける

『薩摩琵琶歌大全』より

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