- 2006年10月28日 00:01
- 1888年(明治21年) | 正岡子規

再び喀血した正岡子規は、静養のため故郷松山に帰郷します。
神戸から三津浜(松山郊外)までは、汽船を利用した。
三津浜桟橋につくと、ここでも汽車が待っている。三津浜と松山の一里半というみちのりを、この汽車はひと飛ばしで人をはこぶ。
この汽車は、去年の十月に開通した。ひところをおもうと、信じられぬほどの便利さであった。『坂の上の雲』(ほととぎす)より
1888年(明治21年)10月28日、四国初の鉄道となる、伊予鉄道松山~三津浜間が開通します。ドイツ・ミュンヘン州クラウス社製の蒸気機関車は小説『坊ちゃん』で
停車場はすぐ知れた。切符も訳なく買った。乗り込んでみるとマッチ箱の様な汽車だ。ごろごろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった三銭である。夏目漱石『坊ちゃん』より
と紹介され、「坊ちゃん列車」として親しまれることとなります。
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