- 2006年10月30日 00:11
- 1890年(明治23年) | 聖徳記念絵画館

聖徳記念絵画館 壁画「教育勅語下賜」
安宅安五郎 筆
茗渓会 奉納
明治23年10月30日
宮中喪御座所
1890年(明治23年)10月30日、「教育ニ関スル勅語」が発布されました。
その前年憲法が制定され、国会開設に間近に控えていることから、政府の根本方針である天皇制を中心とした強力な国家体制作りを念頭に、これを教育レベルで浸透させるのが狙いでありました。
当初草案は、東京帝国大学の中村正直に委嘱されたが、キリスト教的性格を、法制局長官井上毅が批判し、ついに井上自ら草案を練りこれに枢密院顧問官元田永孚が協力するかたちで、ようやく完成に至りました。
教育勅語
朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ
明治二十三年十月三十日
御 名 御 璽
天皇の有徳と臣民の忠誠から説きおこし、父母への孝心・兄弟愛・夫婦愛・友情を奨励し、その上で学業の必要を強調。そして有事の際は、天皇が治めるこの国のために身をつくすべきこと、またこれらの実践は、天皇家代々に伝えられた遺訓であり、国民が子々孫々守るべきものと締め括っています。
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