- 2006年11月 8日 00:20
- 1900年(明治33年) | 戦艦「三笠」

日清戦争後、海軍はロシアとの対決に備えて六・六艦隊の整備に着手します。
六・六艦隊とは、戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻を基幹とするもので、この拡張計画は1896年(明治29年)度から1905年(明治38年)度までの10年計画でした。
すでに戦艦「冨士」と「八島」は建造中でしたので、戦艦4隻と装甲巡洋艦6隻を中心とする103隻の総排水量153,000トンを建造することを目標とします。これに要する経費は2億1,310万円であり、1896年(明治29年)12月の第10回帝国会議において承認されます。1896年度の総歳出は約2億5000万円でしたので、この海軍拡張がいかに大事業であったかがわかります。なお、1896年度の海軍予算は3800万円、1897年度は7600万円であり、対歳出比はそれぞれ18.7%、30.4%となります。
戦艦「三笠」は、この計画の最終戦艦として1898年(明治31年)12月、英国ヴィッカース社に発注されました。(約2000万円)1900年(明治33年)11月8日に進水し、1901年3月1日にサウスハンプトンで竣工され、同年5月18日、横須賀に回航されました。
三笠は日露戦争の全期間を通して連合艦隊旗艦をつとめ、また常に主力第一戦隊のきょう導艦でもありました。
「三笠」の主要目
排水量: 15,140トン
全長: 126.5m
幅: 23m
出力: 15,000馬力
舷側甲帯: 22.9cm
主砲: 40口径12インチ砲4門
副砲: 40口径6インチ砲14門
補助砲: 12ポンド砲20門 3ポンド砲8門 2.5ポンド砲4門 マキシム機銃4挺
水雷発射管: 18ポンド水中管4基
速力: 18ノット
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