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戦艦「三笠」、進水

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三笠の進水式

1900年(明治33年)11月8日、英国ヴィッカース社で戦艦「三笠」の進水式が行われました。

坂の上の雲〈3〉戦艦三笠を英国のヴィッカース社に注文したのは明治三十一年であったが、しかしこの時期すでに海軍予算は尽きてしまっており、前渡金を捻出することができず、権兵衛は苦慮した。(中略)
権兵衛は万策つきた。西郷(従道)になにか知恵はないものかと訪ねると、西郷は事情をききおわってから、
「それは山本(権兵衛)サン、買わねばいけません。だから、予算を流用するのです。むろん、違憲です。しかしもし議会に追及されて許してくれなんだら、ああたと私とふたり二重橋の前まで出かけて行って腹を切りましょう。二人が死んで主力艦ができればそれで結構です」
三笠は、この西郷の決断でできた。

坂の上の雲』(権兵衛のこと)より

日清戦争後、海軍はロシアとの対決に備えて六・六艦隊の整備に着手します。
六・六艦隊とは、戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻を基幹とするもので、この拡張計画は1896年(明治29年)度から1905年(明治38年)度までの10年計画でした。

すでに戦艦「冨士」と「八島」は建造中でしたので、戦艦4隻と装甲巡洋艦6隻を中心とする103隻の総排水量153,000トンを建造することを目標とします。これに要する経費は2億1,310万円であり、1896年(明治29年)12月の第10回帝国会議において承認されます。1896年度の総歳出は約2億5000万円でしたので、この海軍拡張がいかに大事業であったかがわかります。なお、1896年度の海軍予算は3800万円、1897年度は7600万円であり、対歳出比はそれぞれ18.7%、30.4%となります。

戦艦「三笠」は、この計画の最終戦艦として1898年(明治31年)12月、英国ヴィッカース社に発注されました。(約2000万円)1900年(明治33年)11月8日に進水し、1901年3月1日にサウスハンプトンで竣工され、同年5月18日、横須賀に回航されました。

三笠日露戦争の全期間を通して連合艦隊旗艦をつとめ、また常に主力第一戦隊のきょう導艦でもありました。

三笠」の主要目
排水量: 15,140トン   
全長: 126.5m   
幅: 23m
出力: 15,000馬力    
舷側甲帯: 22.9cm
主砲: 40口径12インチ砲4門
副砲: 40口径6インチ砲14門
補助砲: 12ポンド砲20門  3ポンド砲8門  2.5ポンド砲4門  マキシム機銃4挺
水雷発射管: 18ポンド水中管4基
速力: 18ノット

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