- 2006年11月11日 00:51
- 乃木希典
1849年(嘉永2年)11月11日、乃木希典が誕生します。
乃木希典は毛利家支藩長府毛利氏の士乃木十郎希次と寿子の第三子で、江戸麻布日ヶ窪 (現、六本木ヒルズ)に生れます。幼名を無人と云い、幼い時には3歳下の妹にさえ度々泣かされたというほど気弱温順な性格であり、一方では兄弟思いで妹達のお守りをしたりその髪を結ってやったり、また器用に針を使って縫物をするという男らしさよりも女らしさを多分に持った少年でした。
乃木家は醫(い)と儒をもって仕え百石を食むでいました。父の希次は兵書を好み、深く無事に心を傾け、また弓術にも秀で京都の三十三間堂に通し矢を試みた程の腕前でありました。しかし、乃木希典が11歳の時、父希次は藩侯に諫言したことにより、譴責処分となり藩地に追返され、減禄の上閉門となります。
十郎希次は妻子を伴って長府に着し、町の片ほとりに三百坪ばかりの地を購入し、その一隅にあった足軽長屋をそのまま住宅とします。この家は六畳、三畳、二畳の三間にすぎず且つ雨漏り、畳は破れ住むに耐え難いほどであったが希次は意にも介せず平然として住んでいたが、武具だけは立派なものを飾ったといいます。しかし、譴責処分が解かれるまでは衣食に不自由すること往々であり、乃木希典は苦しい少年時代はおくりました。
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