- 2006年11月16日 00:41
- 秋山好古
1916年(大正5年)11月16日、秋山好古は陸軍大将となります。ついに軍令部における最高指揮官となりました。
この明治陸軍の階級を列記してみますと、
- 陸軍軍人とは将校より以下下士兵卒に至るまでの総称にしてかの如く大別す
将校 准士官 下士 兵卒- 将校は将官、上長官、士官の総称なり、但し上長官を一に佐官といい、士官を一に尉官という
- 将官とは大将、中将、少将をいう
- 上長官(佐官)とは大佐、中佐、少佐をいう
- 士官(尉官)とは大尉、中尉、少尉をいう
- 准士官とは特務曹長、砲兵及び工兵の上等工長、上等計手、楽長補をいう
- 下士とは曹長、軍曹、伍長、上等工長を除く外なる諸工長、看護長、計手、楽手をいう
- 相当官とは武官に相当する諸官にして経理部、衛生部、獣医部、軍楽部等の職員をいう、これに将官の相当官あり、上長官の相当官あり、士官の相当官あり
- 兵卒とは上等兵、一等兵、二等兵、輸卒、助卒、看護手、楽手補、楽生をいう
- 将校及び将校相当官は高等官、准士官及び下士は判人官、憲兵上等兵は判人官待遇なれども、他の科の上等兵及び一、二等卒は判人待遇にあらず
『入営必携騎兵学術通解』(明治38年)より
となります。
では、最高指揮官の大将に昇進するまでには、何年を必要とするのでしょうか?
秋山好古の官歴を拝見しますと、好古は1879年(明治12年)に陸軍士官学校騎兵科を卒業し少尉となります。当時21歳です。
それからの進級は下記の表となります。
| 進級 | 最下期限 | 秋山好古の場合 | ||
| 少尉から中尉 | 2年 | 1883年(25歳) | 中尉 | *4年を要す |
| 中尉から大尉 | 2年 | 1886年(28歳) | 大尉 | *3年を要す |
| 大尉から少佐 | 4年 | 1892年(34歳) | 少佐 | *6年を要す |
| 少佐から中佐 | 3年 | 1895年(37歳) | 中佐 | |
| 中佐から大佐 | 2年 | 1897年(39歳) | 大佐 | |
| 大佐から少将 | 2年 | 1902年(44歳) | 少将 | *5年を要す |
| 少将から中将 | 3年 | 1909年(51歳) | 中将 | *7年を要す |
| 中将から大将 | 定めない | 1916年(58歳) | 大将 | *7年を要す |
1887年から1891年にはフランスに留学しましたので進級が其の分だけ見送られています。また、日露戦争の奮戦にもかかわらず昇進が見送られているのがわかります。やはり薩長派閥でないと昇進は難しいといえます。
なお、中将から大将に進むには、歴戦者または功績特に顕著なる者に特旨をもって親任することになりますので最下期限を定めません。
親任とは、1886年(明治19年)の高等官官等棒給令に規定された勅任官のなかから、天皇の親任によって叙任されます。内閣総理大臣・各省大臣のほか、台湾総督と並び陸海軍大将は親任官となります。よって大将は最高級の官吏でもあります。
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