- 2006年12月 1日 00:05
- 1892年(明治25年)
「別にこれというほどの仕事も無いから、いやな時は出勤しなくてもよろしい、その代り月俸は15円である。社の経済上予算が定まっているので、本年中は致し方が無いが、来年になれば多少何とかなるであろう。それまでのところ足りなければ自分が引受けるから。」
これに対して子規は叔父の大原恒徳に、手紙を送り、
「尤我社之棒給にて不足ならば他の国会とか朝日新聞とかの社へ世話致し候はば三十円乃至五十円位之月俸は得らるべきに付其志あらば云々と申候へども私はまづ幾百円くれても右様の社へは入らぬ積に御座候」
一切を顧みず、陸羯南への恩に報いるという決意を語っています。

(明治29年の日本新聞社全員の記念写真)
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Comments:2
- 山城順子 2008年6月 5日 22:03
私は「名古屋盲人情報文化センター」という所で、点訳ボランティアをしている者ですが、現在点訳中の書物に 正岡子規が新聞「日本」に入社と出てきます。「ニホン、ニッポン」どちらの読みかわからず、困っております。いろいろ調べてみましたが、ルビが見つけられません。ご多忙中、誠に恐れ入りますが、お教え頂きたく、メールさせて頂きました。よろしくお願い申し上げます。
- kaiZer 2008年6月 6日 01:57
ブログの管理人の海座(kaiZer)と申します。
新聞「日本」の読み方について、山川出版の「日本史広辞典」で調べますと、
フリガナは「ニホン」と表記されてはいますが、
陸渇南発行の新聞「日本」には、ローマ字の表記で「NIPPON SHINBUN」と明記されています。読み方としましては、「ニッポン」と読むのが適切ではないかと思われます。
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