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正岡子規、新聞「日本」に入社

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1892年(明治25年)12月1日、正岡子規は新聞「日本」に入社します。

坂の上の雲〈2〉子規はいったん東京にもどり、この年の十一月九日母と妹をむかえるべく東京を発ち、神戸までゆき、ここで落ちあって十七日帰郷した。
翌日、羯南がやってきて、
「あなたの入社が決定しましたよ」
と、吉報をもたらした。羯南が社長になっている新聞「日本」に入社するという件である。

坂の上の雲』(日清戦争)より

陸羯南は、正岡子規を迎えるにあたり次のように述べます。

「別にこれというほどの仕事も無いから、いやな時は出勤しなくてもよろしい、その代り月俸は15円である。社の経済上予算が定まっているので、本年中は致し方が無いが、来年になれば多少何とかなるであろう。それまでのところ足りなければ自分が引受けるから。」

これに対して子規は叔父の大原恒徳に、手紙を送り、

「尤我社之棒給にて不足ならば他の国会とか朝日新聞とかの社へ世話致し候はば三十円乃至五十円位之月俸は得らるべきに付其志あらば云々と申候へども私はまづ幾百円くれても右様の社へは入らぬ積に御座候」

一切を顧みず、陸羯南への恩に報いるという決意を語っています。

日本新聞社員の記念写真
(明治29年の日本新聞社全員の記念写真)

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Comments:2

山城順子 2008年6月 5日 22:03

私は「名古屋盲人情報文化センター」という所で、点訳ボランティアをしている者ですが、現在点訳中の書物に 正岡子規が新聞「日本」に入社と出てきます。「ニホン、ニッポン」どちらの読みかわからず、困っております。いろいろ調べてみましたが、ルビが見つけられません。ご多忙中、誠に恐れ入りますが、お教え頂きたく、メールさせて頂きました。よろしくお願い申し上げます。

kaiZer 2008年6月 6日 01:57

ブログの管理人の海座(kaiZer)と申します。

新聞「日本」の読み方について、山川出版の「日本史広辞典」で調べますと、
フリガナは「ニホン」と表記されてはいますが、
陸渇南発行の新聞「日本」には、ローマ字の表記で「NIPPON SHINBUN」と明記されています。

読み方としましては、「ニッポン」と読むのが適切ではないかと思われます。

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