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秋山家の「桃太郎」話

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会社の出張で岡山に行って来ました。

桃太郎
JR岡山駅の「桃太郎」

そこで、話は変わりますが、

1890年(明治23年)、秋山真之海軍兵学校を卒業、少尉候補生となり、練習艦「比叡」に乗り込んで遠洋航海に出ることになりました。そこで、父・秋山平五郎は真之に、昔話の「桃太郎」の話をして、はじめて外国にゆく息子を激励したといいます。

桃太郎は、日本一のきび団子を持って、団子を餌にして、犬と猿と雉子をお供にした。遠く海を越えて、鬼ヶ島に渡り、鬼を退治して、金銀珊瑚綾錦を船に積んで、故郷に帰って来て、おじいさん、おばあさんを喜ばせたという昔話を、日本人なら、誰だって知らない者はいないだろう。ところがこの話の中には深い意味がこめられている。あれは日本の国の将来のさかえることをねがった賢い先覚者が、後の子孫に対する尊い教えを裏にこめているものだが・・・・・・

「桃太郎」は「百太郎」ということだぞ、「百」はたくさんという意味。太郎は日本の男の通称だから、百太郎というのは日本の多数の男ということになる。「日本一のきび団子」というのは、とくに大事な意味を持っている。よいか、「日本一」とは、日本に於ける第一ということではない、「日本が一つ」ということで、この頃、人がいうだろう、それ、あの挙国一致という意味だ。「きび」は十全ということ、「団子」は円満に団結するという心持のことだ。そこでまとめると、国民全部が合体一致し、充分和合し、団結を保てという根本の教えを含んでいるということになる。

犬、猿、雉子は、鳥や獣の性質をかりて人間の心を表わしたものさ。犬は忠実、勇敢だ。猿は知恵があり、敏捷だ。雉子は我慢強く、情け深い。犬は大地を走りまくるけれど、木には登れない。猿は木にのぼるが、空をとべない。そんな風に、犬、猿、雉子は、それぞれ独特な才能を持っている。

人間さまは、そら、犬、猿、雉子の持つさっきの心性と、大地を走り、木に登り、空をとぶことと、ああした能力をあわせそなえ持っておれば、どんな難しい出来事に会っても、失敗するはずはないぞ。「鬼ヶ島」というのは、海の外で、赤い髭の鬼どもが住む所だ。鬼の持つ「宝物」というのは、ただ金銀珊瑚をさすのではなく、有形無形、鬼の持つ長所や利点と考えていいだろうなあ。

要するに、桃太郎の昔話は、日本の国の多数の男の子は、故郷にぐずぐずせず、海を越えて外国に渡れ。一人一人がばらばらに名と利にだけとらわれないで、国中が一致団結して、もって生れた心の力――智、仁、勇を応用して、外国人の長所や利点を取ってこいという意味を、ちゃんと裏に含めているのだぞ。

島田謹二著『アメリカにおける秋山真之』より

この秋山家の「桃太郎」話のように、明治の時代には、富国強兵のスローガンのもとで、「桃太郎」は「国の男児のあるべき姿」として描かれ広まってゆきます。

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