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「ごんのひょうえ」と「ごんべえ」の違い

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1933年(昭和8年)12月8日、明治海軍の育ての親である山本権兵衛が死去しました。

坂の上の雲〈3〉日本は海軍を強化しなければならない。
これをやってのけた企画者兼推進者は、ただ一人の人物であった。
山本権兵衛(ごんのひょうえ)である。
「権兵衛(ごんべえ)」
と、世間ではいう。

坂の上の雲』(権兵衛のこと)より

世間は、山本権兵衛のことを「ごんべえ」と呼んでいました。

その山本権兵衛が海軍大臣として、軍艦明石の進水式に臨場した時、彼は自らの名を、

山本権兵衛(ごんのひょうえ)」

と、大声で読み上げました。満場は一時に拍手喝采をしたが、この時は式ゆえに目立たず、当日は首尾よく式を終えました。

しかし、その後に、
「ごんのひょうえが種蒔きゃ烏がほじくる」とか「膝栗毛の弥次郎ひょうえ」などと、「権兵衛(ごんのひょうえ)」の話が評判になつたので、ある人が山本に向かって、

「なぜ、あの時「ごんべえ」と言わず、「ごんのひょうえ」と言ったのですか?」

と質問しました。すると山本は真面目な顔で、

「全く世間はつまらぬことを言うものだ。学者は紳士だと言われている癖に、小学生徒でも知っていることを喋喋する馬鹿さ加減がおれには解らない。古来より我が朝に設けられた右兵衛、左兵衛の官を知らぬのか。これを「うべえ」だの「さべえ」だのと言う馬鹿がいるかね。それらをおいて、おれのばかりを「ごんべえ」と言うのは理由がわからぬは。おれも今日の地位は武官であるから、「ごんのひょうえ」と言うのが正当である。だから、「ごんのひょうえ」と言ったのだ。」

と、山本の雄弁快論に、質問者は感服したのでした。

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