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子規庵のガラス障子

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子規庵
子規庵

病床の子規には、大好きな庭を見るにしても、上野の山を望むにしても、いちいち障子を開けてもらわはなければならなかったが、1899年(明治32年)12月10日ごろ、この病床生活に一大変化が生じます。

子規庵にガラス障子が取り付けられたのでした。

ガラス障子にしたのは寒気を防ぐが第一で、第二に居ながら外の景色を見るためであった。果たしてあたたかい。果たして見える。
これ等はガラス障子につきて略々予想したことであったが、其外に予想しない第三の利益があった。それは日光を浴びる事である
『新年雑記』より

昼近い冬の日が6畳の部屋の奥までさし込む中に横たわっていると、暖かいばがりでなく非常に愉快な気持ちになったいいます。ガラス障子の出来上がった翌日には、自分でガラスを拭いてみたり、菅笠を被って机に向い、昼のうちに原稿をかくほど、子規は新たな喜びに充ちたといいます。

こんな譯ならばニ三年も前にやったらよかったと存候、併シ何事も時機が来ねば出来ぬ事と相見え候
夏目漱石に宛てた手紙より
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