- 2006年12月15日 02:06
- 1884年(明治17年)
1884年(明治17年)12月15日、東海鎮守府を横須賀に移し横須賀鎮守府と改称し、鎮守府条例を定め、軍港に鎮守府を置くこととします。
鎮守府とは海岸と近海の防衛などを担当する海軍官庁となります。各軍港におかれ、所轄海軍区の防御・警備・出師準備をつかさどり、司令長官は天皇に直属して部下の艦船部隊を統率します。海軍区は以下となります。
第一海軍区
羽後陸奥国界から始めて本土東岸及び本土南海岸に沿って紀伊国南牟呂東牟呂の両郡界に至る海岸海面と小笠原島の海面と又北海道の海岸海面
第二海軍区
紀伊国南東両牟呂の郡界からして長門国大津豊浦郡界に至る海岸海面と筑前国遠賀宗像の両郡界から九州東海岸に沿って日向大隈の両国界に至る海岸海面と及び四国の内海並びに海岸海面
第三海軍区
筑前国遠賀宗像両郡界からして九州の西海岸に至り又同南海岸に沿って日向大隈の国界に至る海岸海面を始として壱岐対馬沖縄諸島及び台湾澎湖諸島の海岸海面に至る
第四海軍区
長門国大津豊浦郡界からして本土西海岸に沿って羽後陸奥国界及び隠岐佐渡の海岸海面に至る。『海軍諸例則』より
この海軍区にもとづき、1884年に横須賀、1889年には呉、佐世保、1901年には舞鶴の順にと四鎮守府が設置されます。一時期は日露戦争にともない旅順にも設置されたこともあります。
なお、ワシントン海軍軍縮条約にともない、舞鶴鎮守府は1923年(大正12年)~1939年(昭和14年)の期間は廃止されました。



