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三越の創始者日比翁助と海軍

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三越呉服店の店内
三越服店の店内

1904年(明治37年)12月20日、東日本橋の三井服店が、株式会社三越服店と改称します。

その前身は三井の越後屋服店であり、越後屋は幕末期以来不振であったので、明治期以降は家政整理の必要からたびたび所有関係を変更し、1904年に三井の直系事業から分離・独立し、デパートメント・ストアを標榜して資本金50万円の株式会社三越服店が設立されました。三越の百貨店化は都市での有力服店の百貨店化の先駆となります。1928年(昭和3年)店名から服店をとり、株式会社三越となります。

創設の中心人物は専務取締役についた日比翁助
日比翁助は、1860年(万延元年)筑後国久留米藩士竹井安太夫吉堅の次男として生れます。子供の頃より軍人、とりわけ海軍軍人になることを志望していましたが、1879年(明治12年)日比家の養嗣子になったことで、軍人になることをあきらめ上京し、慶応義塾に学ぶことになります。

1897年(明治30年)三井銀行に入行し、翌年三井服店の支配人となり服業の改革に着手し、日露戦争後には欧米のデパートメント・ストアを視察して、服専業の三越を日本初の百貨店に転進させます。

海軍軍人をあきらめた日比翁助でしたが、日露戦争における日本海軍の武勇にはやはり心惹かれるものがあり、特に旅順閉塞作戦で戦死した広瀬武夫中佐が乗船した福井丸の船材で造られた机を愛用したといいます。またデパートの目玉として、戦艦「三笠」の東郷平八郎司令長官室を三越に移築する計画も考えていたそうです。

そして数奇なのは、日比翁助がアイデアで設置された三越の正面玄関に備わる二頭のライオン像。
これはイギリスロンドンのトラファルガー広場にあるネルソン提督像の台座に鎮座するライオン像を模したものですが、太平洋戦争時の鉄不足により軍に接収されてしまいます。しかし、運良く溶解を免れ、戦後になって東郷神社に奉納されているのが発見されたといいます。

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