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連合艦隊解散の辞

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戦時編制である「連合艦隊」が解散をしたのは十二月ニ十日で、その解散式は翌日旗艦においておこなわれた。旗艦はこの時期、敷島から朝日になっていた。朝日のまわりに汽艇が密集し、各司令長官、司令官、艦長、司令などがつぎつぎに来艦してきた。
やがて解散式がはじまり、東郷は、
「告別の辞」
と、ひくい声で言い、有名な「連合艦隊解散ノ辞」を読み始めたのである。
坂の上の雲』(雨の坂)より

1905年(明治38年)12月20日、連合艦隊はその編制を解かれ、新たに第一艦隊、第二艦隊、南清艦隊及び練習艦隊が編制されました。当時連合艦隊旗艦朝日は横須賀軍港にあり、東郷平八郎司令長官は、上京中であったため、発令は翌日の12月21日に、連合艦隊の解散式が旗艦朝日で挙行されました。

これにより正式に連合艦隊は、その任務を解かれることになります。

また、この連合艦隊の解散とともに、東郷平八郎もこの日をもって、海上勤務を永遠に去ります。

この時、東郷司令長官が「勝って兜の緒を締めよ」の名文で読み上げた、「連合艦隊解散ノ辞」は、参謀秋山真之の起案となります。

その内容は、一年有余の苦闘の締めくくりと、勝利に浮かれる人々を戒める意味が込められていますが、一方で、去り行く東郷司令長官を送る真之の想いが込められていると思います。

関連リンク:  東郷平八郎 「連合艦隊解散告別の辞」(原文、現代訳、英文訳)

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