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軍馬の徴発

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北の零年 通常版映画「北の零年」をテレビで放映していました。

その中で、1877年(明治10年)の西郷隆盛ら鹿児島県士族による最大にして最後の士族反乱である西南戦争により、政府が軍馬徴用の目的で徴発を行うシーンがありました。徴発は、人の所有する物を強制的に取り立てること。特に、軍需物資などを人民から集めることをいいます。

この当時の戦場における唯一の機動力は馬匹でした。
これら馬匹は戦時において消耗しますので、当然ながらその消耗分の補充を行わなければなりません。戦時所要増加分と消耗分の補充は、戦地で購買し補充できればよいのですが、ほとんどは国内における徴発と購買に依存するのが常でした。

そこで、1882年(明治15年)政府は徴発令を制定します。

徴発令は戦時に際し、陸軍又は海軍の全部又は一部を動かすに当り、其所要の軍需を地方の人民に賦課して徴発する法とす、但平時と雖も演習及び行軍の際は本条に準ず

「徴発令」第一条より

これら馬匹の徴発と購買の対象とされたのは、大部分が農家所有の農耕兼力役馬でした。このような馬であるから軍用に適応性がなく、また調教及び去勢がされていない馬により、実にケガ人が多数続出したといいます。

なお、徴発と購買の比率は断然徴発の方が多く、徴発令を拡大解釈して強制的に行っています。馬匹の分布は北海道・東北・関東・九州に分布しており、特に関東では多くの徴発が行われ農耕・運輸に大きな障害をもたらしました。

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