- 2006年12月28日 01:03
- 1903年(明治36年) | 東郷平八郎
対露開戦はさけられないと考えた政府は、陸海軍の開戦準備完了までの時間をかせぎ、開戦の時期をつかむまで、外交交渉を続けることにしました。
日露間の雲ゆきがあやしくなってくるにつれて、戦時の連合艦隊司令長官は当然日高がなるだろうとみられていたし、現職の常備艦隊司令長官である以上、これははずれることはまずない。日高自身そうおもっていた。
ところが、海軍大臣山本権兵衛は、この時期になって日高を舞鶴鎮守府長官の閑職にうつし、海上兵力の総帥の座に東郷平八郎をすえてしまったのである。『坂の上の雲』(風雲)より
1903年(明治36年)12月28日、枢密院会議を開き、次の緊急勅令を下します。
- 戦時大本営条例改正
参謀総長と軍令部長を対等とする - 軍事参議院条例
軍事参議官条例廃止、参議官の範囲拡大 - 海軍軍令部条例改正
- 憲法第70条による財政上必要処分の件
軍費支弁のための特別会計資金の繰替使用・一時借入、国庫債券発行、京釜鉄道速成のための補助など規定
そして、常備艦隊を第一・第二・第三艦隊に再編し、第一・第二艦隊をもって連合艦隊を組織し、司令長官を東郷平八郎中将としました。それに併せて、同月26に東郷常備艦隊司令長官の旗艦となった戦艦「三笠」も、連合艦隊第一艦隊に編入となりました。
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