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「墨汁一滴」、連載開始

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1901年(明治34年)1月16日、正岡子規は新聞「日本」に「墨汁一滴」の連載を開始します。

墨汁一滴病める枕辺に巻紙状袋など入れたる箱あり、その上に寒暖計を置けり。その寒暖計に小き輪飾をくくりつけたるは病中いささか新年をことほぐの心ながら歯朶の枝の左右にひろごりたるさまもいとめでたし。その下に橙を置き橙に並びてそれと同じ大きさほどの地球儀を据ゑたり。この地球儀は二十世紀の年玉なりとて鼠骨の贈りくれたるなり。直径三寸の地球をつくづくと見てあればいささかながら日本の国も特別に赤くそめられてあり。台湾の下には新日本と記したり。朝鮮満洲吉林黒竜江などは紫色の内にあれど北京とも天津とも書きたる処なきは余りに心細き思ひせらる。二十世紀末の地球儀はこの赤き色と紫色との如何に変りてあらんか、そは二十世紀初の地球儀の知る所に非ず。とにかくに状袋箱の上に並べられたる寒暖計と橙と地球儀と、これ我が病室の蓬莱なり。

枕べの寒さ計りに新年の年ほぎ縄を掛けてほぐかも

(一月十六日)


「墨汁一滴」の連載にはちょっとしたエピソードがあります。
子規は「墨汁一滴」を草することを思い立ち、二回ほど文章を送ります。しかし、いつまで待っても一向に新聞には掲載されません。失望した子規は、寒川鼠骨に

場所は選ばぬ、欄外でも差支無い、欄外を借りて欄外文学なども洒落ているが、欄外二欄貸さないだろうか。毎日書くつもりではじめた「墨汁一滴」が載らないやうでは新聞も読みたくない、病中は楽が少ないから、一の失望に逢った時慰めやうが無い。

寒川鼠骨に宛てた書簡より

と、掲載を嘆願します。

この書簡が15日付けであり、その翌日より「墨汁一滴」は紙上に現れたのでした。
「墨汁一滴」は同年7月2日まで、中4日だけ記事を欠きますが、連載は164回に及びました。

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