- 2007年1月21日 00:10
- 1907年(明治40年)
1907年(明治40年)1月21日、東京株式相場が暴落に転じました。
日露戦争後、南満州鉄道創設や鉄道国有化などがなされ、株式会社設立ブームが起こるなど、一時的に好景気が訪れました。このころ将棋の「歩」が運よく敵陣に入って「金」になるように、幸運をつかんで金持ちになったものを、「成金」と呼んでいました。
その代表的な人物が「鈴久」こと鈴木久五郎です。
かれはこの上げ潮にのって鐘紡株を買いまくり、三十九年春にすでに財産三百五十万円の「成金」になった。その年末には鐘紡の大株主として総会に乗りこみ、鐘紡の主である武藤山治を追い出すことさえしたのである。その後も東京株式の買占めに移るとそれが値上がりし、市街鉄道株を買えばそれが暴騰するという状態で、万事トントン拍子であった。鈴久は有頂天になって、連夜のように新橋・赤坂と遊び廻り、四十年正月には「『成金』なるもの待合の女将を招集して会社の臨時総会に擬し、自らの座長の席に着き、配当として年玉に東京株式取引所一株ずつ配分し、当時の価格六百幾十円に換算して豪奢一世を驚かす」という馬鹿騒ぎまでするのである。『日本の歴史』(大日本帝国の試練)より
しかし、この好景気は長続きはしませんでした。この株式ブームに当って、実株をもった三井・三菱が売りに廻っていたのでした。「驕れるもの久しからず」で、鈴久の栄華の夢も長く続かず、この暴落でいっぺんにもとの「歩」に戻ってしまいました。
また、日露戦争戦時中からの重税の継続による疲弊により、産業活動は停滞し、この戦後恐慌により、以後日本は第一次世界大戦(1914年)が始まるまで、長い経済不況期を迎えることになります。
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