- 2007年1月25日 00:58
- 1905年(明治38年) | 秋山好古
秋山好古の直感は当たり、日本軍の最左翼、長さ40キロの正面をわずか8000人で守っていた秋山支隊に対して、ロシア軍第10軍団の10万もの大軍が押し寄せてきたのでした。
もし秋山支隊が敗北すれば、ロシア軍が日本軍の背後まで進出包囲することになります。故に、秋山支隊に下された命令はただ一つ、
「現陣地を死守せよ!」
而して、10万のロシア軍を相手に秋山好古はわずか8000人で迎え撃つことになります。敵中に孤軍する中、秋山支隊のとった戦術は、下馬による機関銃での迎撃。次々と味方の死体の山が築かれ中、何が何でも死守するほかはなく、救援部隊が到着する28日まで、厳命通り死守に徹するのでした。
「日露戦争の最大の危機」といわれたこの戦は、秋山支隊の鉄壁の守りによって、その後勝利に転じることとなります。
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