- 2007年2月21日 00:05
- 1872年(明治5年)

「東京日日新聞社」社屋
東京日日新聞は条野伝平・西田伝助・落合芳幾によって創刊された新聞であり、1874年(明治7年)に福地源一郎(桜痴)が主筆として入社、のちに社長に就任して国会開設漸進を主張し、政府の御用新聞と目されました。
1882年(明治15年)、伊藤博文や井上馨らの意向を受け発足した立憲帝政党の政党機関誌となり、この頃が最盛期で発行部数は約7000部ありましたが、自由民権運動が衰退すると社勢も衰え、1887年には福地の手を離れます。
1891年(明治24年)に伊東巳代治の所有に移り、朝比奈知泉が主筆となりましたが、1904年(明治37年)に加藤高明に売却されます。しかし経営は苦しく、1908年加藤は実質的に手を引き、1911年題字は「東京日日新聞」のままということで、大坂毎日新聞社に売却されました。
1943年(昭和18年)1月1日、「東京日日新聞」と「大阪毎日新聞」は題字を統一して「毎日新聞」となり、「東京日日新聞」はその紙名を消すことになります。




