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義を見てせざるは勇なきなり

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  • Posted by: sakanouenokumo
  • 2007年3月 4日 22:45
  • 乃木希典

本日、TBSの「華麗なる一族」を見ていましたら、弁護士事務所のシーンで、

「義を見て為さざるは勇無きなり」

という額が掲げられているのが目につきました。

この意味は、「人として当然為すべき正しいこととわかっていながら、それを実行に移さないのは、勇気がないからである」という『論語』での言葉です。

子曰、非其鬼而祭之、諂也、見義不為、無勇也
子曰く、其の鬼に非ずして之を祭るは諂うなり、義を見て為さざるは勇無きなり
『論語』為政

弁護士のような戦う職業には「常に勇気が必要である」と戒めているのでしょうか。

戦う職業と言えば、本職は軍人となります。余談ですが、乃木希典が信奉した「武士道」にもこの精神が在ります。しかし解釈はもっとリアルです。新渡戸稲造は著書『武士道』において次のように説きます。

勇気は、義によって発動されるのでなければ、徳行の中に教えられる価値はないとされた。
孔子は『論語』の中で、彼がつねづね用いているように、否定によって命題を明らかにする方法で勇気を定義づけている。すなわち「義を見てせざるは勇なきなり」と。
この格言を肯定的にいいなおすと「勇気とは正しいことをすることである」となる。あらゆる種類の危険を冒し、生命を賭して死地に臨むこと――これはしばしば勇猛と同一視され、武器をもつことを職業とする者にあっては、そのような向こう見ずの行為が不当に賞賛されている。シェイクスピアはそれを「勇猛の私生児」と名づけた。
新渡戸稲造著・奈良本辰也訳・解説『武士道』(第四章「勇」)より

いわゆる武士道では、死に値しないことのために死ぬことを「犬死」と説き、それは「匹夫の勇」であるとして恥じます。乃木希典は二人の息子を日露戦争で亡くしますが、「二人の我子それぞれに 死所を得たるを喜べり、これぞ武門の面目」とし、「大義の勇」を讃えます。

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