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正岡子規、根岸短歌会を開く

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はがき歌

1899年(明治32年)3月14日、正岡子規は根岸の子規庵で歌会を催しました。子規はこの歌会を開くにあたり、出席を依頼する「はがき歌」を送っています。

「はがき歌」とは五・七・五・七・七の短歌形式のお手紙で、現在も愛好されています。

この前に俳人ばかりの歌会を開いてから、ちょうど一年ぶりとなりますが、この時は俳人側はほとんど加わっていません。香取秀真、岡麓、山本鹿洲、木村芳雨、墨井恕堂の諸氏のうち、恕堂の外は皆新月集の仲間となります。

 明日ハ、 君ガイデマス、 天気ヨク、
   ヨロシキ歌ノ、 出来ル日デアレ(香取秀真宛)

 十四日、 オ昼スギヨリ、 歌ヲヨミニ、
   ワタクシ内ヘ、 オイデクダサレ(岡麓宛)

この歌会の記事はどこにも発表されませんでしたが、子規の「垣」の歌は「日本」に、その他の歌の一部は「ホトトギス」に掲載されました。

3月18日(日)には第12回「はがき歌」全国コンテストの作品発表及び表彰式が松山市立子規記念博物館で催されます。

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