- 2007年3月19日 23:45
- 1900年(明治33年) | 秋山真之
松山には兄夫婦が住んでおり、その長女が今年高校受験でした。そして本日、高校入試の合格発表があり、姪っ子は無事に「松山北高等学校」に合格しました。
おめでとう! よく頑張りました。
本当にわがことのように嬉しいです。なぜなら、「松山北高等学校」といえば、その前身は『坂の上の雲』にも登場する、あの北予中学校だからです。
しかし好古は爵位ももらわず、しかも陸軍大将で退役したあとは自分の故郷の松山にもどり、私立の北予中学という無名の中学の校長をつとめた。黙々と六年間つとめ、東京の中学校長会議にも欠かさず出席したりした。従二位勲一等功二級陸軍大将というような極官にのぼった人間が田舎の私立中学の校長をつとめるというのは当時としては考えられぬことであった。
『坂の上の雲』(雨の坂)より
北予中学校は1900年(明治33年)4月に開校した私立の中学でした。当時は不良少年養成所とまでいわれた北予中学校に、1924年(大正13年)秋山好古が校長として着任します。

(北予中学校、校長時代の秋山好古)
好古は熱心に教育をおこない、その教育方針は陸軍並の厳しさがあり、服をだらしなく着ていれば、容赦なく好古の鉄拳がとんできたと云います。また教員にも、その指導は厳しかったとのことです。人に厳しく、己にも厳しい好古は在任中の6年間は、無遅刻無欠席であったと云います。
姪っ子には、教育者・秋山好古が教えた歴史在る学校ということを誇りに思い、これからの高校生活を真っ直ぐに成長してくれることを願っています。
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