- 2007年4月 2日 00:35
- 1872年(明治5年)

昌平坂学問所大成殿
1872年(明治5年)4月2日、文部省博物局は、東京・湯島の旧昌平坂学問所大成殿に「書籍館」を開館しました。すべての人々が利用でき、あらゆる分野の蔵書をもつ近代的図書館のはじまりとなります。
欧米の図書館を日本に最初に紹介したのは、福沢諭吉でした。
欧米を訪問した福沢は、著書『西洋事情』のなかで、イギリスの大英博物館図書館をはじめ、諸外国の図書館の蔵書数や納本制度などを報告しました。すべての人々が利用でき、あらゆる分野の蔵書をもつ図書館の創設は、明治になって検討されることになります。
「書籍館」の蔵書は旧昌平坂学問所の書籍や旧大學南校の洋書などからなり、希望者は無料で閲覧を許可された。明治7年には蔵書を浅草に移して「浅草文庫」と改称するが、所管は内務省へ移管されます。蔵書がなくなった文部省は、明治8年5月にふたたび旧昌平坂学問所大成殿に「東京書籍館」を開館します。蔵書は文部省所有の図書一万冊と旧藩校書籍など。
しかし、西南戦争による財政支出削減により、明治10年2月に閉館します。同年5月に東京府がその後を引継ぎ、「東京府書籍館」として開館します。そして明治13年7月には、再び文部省へ移管され「東京図書館」となりました。
図書館は官立以外にも私立図書館も多数設立されますが、その運営には経費がかかりました。閲覧を有料制にするなどして管理しますが、けっきょくは利用者が減り廃館となるのが実情でした。こうした中、国立図書館設立の要望が次第に高まり、日清戦争に勝利した日本は、明治30年「帝国図書館官制」を公布し、「東京図書館」を「帝国図書館」と改称します。
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