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将、外にあっては君命も奉ぜざるあり

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バルチック艦隊はどこからやってくるのか? 対馬か津軽か宗谷か?
連合艦隊と東京の大本営では苦悩の日が続いていました。

「敵は対馬海峡へやってくる」と判断した軍令部は、直接な作戦に口出しができないにも拘らず「非常の容喙」として、鎮海湾で待機する連合艦隊に電報を発するための許可を山本権兵衛海軍大臣に得ようとします。

坂の上の雲〈7〉山本は応接室で財部に要旨をきくや、即座に、
「これは、ならん」
と、その電報をさしとめた。山本の思想は若いころから晩年にいたるまでそうであったが、職務の管掌外のことに口出しすることを異常なほどにきらった。
「対露作戦のすべては東郷にまかせてある。もしそれに対し後方から容喙するようなことがあっては戦などできるものではない」
と、「将、外ニアッテハ君命モ奉ゼザルアリ」という古い言葉をもち出して軍令部の容喙を禁じた。

坂の上の雲』(艦影)より

「将、外ニアッテハ君命モ奉ゼザルアリ」

というのは、大河ドラマ「風林火山」でもおなじみの、かの有名なる孫子の言葉です。

孫子が王闔閭(こうりょ)にその著作を献上した際に、王は孫子の兵法を実地に見たいと云います。孫子が早速承知すると、王はまた「婦人を兵士にして用いる事ができるか」と問います。孫子が出来ると答えると、後宮の美人百八十人を出してこれを孫子に貸します。

孫子はそれを左右の二隊に分けて、王の寵愛している二人の美人を、左右の隊長にしました。隊伍ができると、孫子は約束を布います。

「汝、汝の心と左右の手と背とを知るか」

美人は「之を知れり」答えます。さらに孫子は云いました。

「前は心を視よ、左は左手を視よ、右は右手を視よ、後は背を視よ」

美人は「諾」と答えました。これで約束が布けたので、孫子は鐡鉄を設けて、三令五申し、鼓を打って右に向けようとします。しかし、美人はクックッと笑って、その命に従おうとしません。

「約束明かならず、申令熱せざるは将の罪也」

と、また三令五申し、鼓を打って左に向けようとしましたが、美人達は益々笑いはじめました。すると孫子は、

「約束明かならず、申令熟せざるは将の罪也、既に巳に明かにして、法の如くならざるは吏士の罪也」

と云って、左右の隊長を前に引出して斬ろうとします。

これを台上から見ていた王は吃驚し、「寡人既に将軍の能く兵を用いるを知る。この二姫願わくば斬る勿れ」と、孫子に命じますが、孫子は断乎としてこれを放ねつけました。

「臣既に命を受けて軍に将たり、将の軍にある君命もなお聞かざる事あり」

と、遂に二人の隊長を斬りました。そして、その次の者を以て隊長として、再び号令を下しますが、皆慴懼して声を出す者がなく、左右前後跪起、全員規律を守りました。孫子は、王に報じて云いました。

「兵既に整へり、王試みに下りて之を観よ、唯王の用いんと欲する所、水火に赴くと雖も猶可也」

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