- 2007年4月30日 00:29
- 1873年(明治6年) | 聖徳記念絵画館
1873年(明治6年)4月29日から2日間にかけて、明治天皇は近衛兵を率いて、千葉県下総大和田原に行幸します。
まだ歳若い明治帝が、西郷のひきいる近衛の親兵の演習を千葉県の陸軍演習場において閲兵したことがあった。
その演習場は曠茫(こうぼう)とした上古以来の不毛の台地で、土地のひとびとから大和田原とか小金ケ原とかよばれていたが、この演習のとき明治天皇がこの地をあらたに習志野と名づけた。このひとは、天性詞操がゆたかであった。『翔ぶが如く』(鍛治橋)より
この時の演習の中で、特に指揮官篠原国幹少将の指揮が素晴らしく、明治天皇はたいへ満足し、「篠原に習え」ということで、この地が「習志野原」になったと云います。
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