- 2007年5月27日 19:31
- 1905年(明治38年) | 聖徳記念絵画館
1905年(明治38年)5月27日は日露戦争において最大の海戦となった日本海海戦の日です。
前年10月バルト海のリバウ港を出発したバルチック艦隊(ロジェストウェンスキー司令長官)は、1万8000カイリを遠征して5月27日に対馬海峡に達します。これを日本連合艦隊(東郷平八郎司令長官)は、ロシア艦隊の進路を対馬海峡と想定、的中させ、27日・28日の二日間の激しい砲撃戦の末ロシア艦隊に潰滅的な打撃を与えました。
この海戦の圧倒的な勝利により、日露戦争終結の為の講和問題を具体化することができました。
これより日本海海戦の第一日目の5月27日を「海軍記念日」とし、昭和前期までは例年東京で天皇の臨席する水交社主催記念式典が行われ、海軍軍楽隊の演奏や陸戦隊の行進や、また各地の団体や学校でも記念行事が行われていました。
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