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日露戦争と専売たばこの発売

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1904年(明治37年)7月1日、明治政府は専売たばこを売り出しました。

専売たばこ
「たばこと塩の博物館」より転載

煙草の銘柄は佐佐木信綱の発案で、江戸期の国学者・本居宣長の歌、

 「敷島大和心を人問わば 朝日ににおう山桜花」

に由来しています。

この背景には、明治31年(1898)に日清戦争後の財政的要請で「葉煙草専売法」が施行されましたが、葉たばこの密売が横行し、目標の税収を得ることはできませんでした。しかし、日露戦争の戦費を調達する必要があり、政府はたばこの製造専売にふみ切り、明治37年(1904)7月に「煙草専売法」を施行します。

たばこの値段は、口付き紙巻き20本入りで、左から「敷島」8銭、「大和」7銭、「朝日」6銭、「山桜」5銭なります。その他に、両切り紙巻き10本入りの「スター」7銭、「チヱリー」6銭、「リリー」5銭などがあります。

戦費調達のためとはいえ値段は高めであり、愛煙家には、

 「朝日ににおう山桜かな

と、「山桜」よりもさらに安い「かな」4銭のたばこを販売して欲しいというのが本音だったようです。


ところで、かの乃木希典大将は上記の銘柄では「朝日」をとても好んだようです。

明治45年3月頃、軍隊教育視察の目的を以て、越後地方に旅行せし大将の随行員斉藤大尉、後余に書を寄せて曰く、「随行中最も苦痛を感ぜしは、煙草を喫する能はざりし事なり。余が諸事せる「敷島」は、「朝日」を用ひらるる大将の前には憚(はばか)り多くして出す勇気なかりき」と

塚田清一著『乃木大将事蹟』より

それはもう「朝日」の一点張りで、目の前に「敷島」があっても、差出されても、決して吸わなかったと云います。

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